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初めまして。 投稿者:管理人  投稿日:2007/12/03(Mon) 12:43 No.3650 <HOME>

管理人様 初めまして。
私はこの度、軍艦島をテーマとした自身のウェブサイトを開設することになりました。
つきましては、貴殿のウェブサイトをリンクさせて頂きました。
もしも不愉快に感じられたならば即刻項目を削除いたします。
了承して頂けるのであればこのままリンクさせて頂くよう、お願いしたします。
また可能であれば相互リンクも考慮して頂ければ幸いです。
それでは失礼します。

Re: 初めまして。 管理人 - 2007/12/05(Wed) 01:33 No.3651

▼管理人さんへ

はじめまして。軍艦島オデッセイをご覧になって頂き、ありがとうございます。
端島のウェブサイトの立ち上げ、おめでとうございます。
そしてリンクもして頂きありがとうございます。

サイトを拝見しましたが、3Dでの再現はさぞご苦労だったと思います。
住宅棟側の建物は『実測資料集』をはじめまだ資料がありますが、
鉱業所側の図面は限られてくるので、
今後資料を集められるのが大変かと思いました。

鉱業所施設を含めて完全にパーツが完成し、
それらが合体して端島が出来上がるのを楽しみにしております。

画像は島内最大の建物、65号棟の中庭公園に残る、
ブランコのチェーンを吊るす器具。
閉山時ブランコがあった位置に、
まるで横の二股の支柱だけが一瞬にしてなくなったように、
それ以外の部品がブランコの並び通りに地面に残っていました。

Re: 初めまして。 みえはる - 2007/12/08(Sat) 14:11 No.3652

生まれ育つた軍艦島の、風景が、思い出されます。65号に
住んでました。公園、保育園、生活ありました。30年ぶりに島のまわり、周りました。2年前、心に想いが、めぐりました。

Re: 初めまして。 管理人 - 2007/12/09(Sun) 16:54 No.3653

▼みえはるさんへ

ご投稿、ありがとうございます。
65号棟にお住まいだったのですね!
65号棟は大きな建物だったせいか、お住まいだった方々のお話もよく伺いますので、
48号棟とかと比べると、当時の様子が少しは想像できます。

サイトをご覧の様に、今は当時の姿を殆どとどめおらず、
ご出身の方にはお心苦しい光景もあるかと思いますが、
それでも動いていた時の島をしらない人間にとっては、
貴重な光景の数々ですのでお許し頂ければと思っております。

画像は65号棟中庭のブランコの2枚目。
踏み板の名残りです。
踏み板も他の部品同様、一列に並んでいました。
 



軍艦島の模型が寄贈されました 投稿者:doutoku  投稿日:2007/11/17(Sat) 20:33 No.3642 <HOME>

かつて炭鉱の島として栄えた長崎市高島町の端島(通称・軍艦島)の模型を北海道の元炭鉱マンが制作し、軍艦島を世界遺産にする会に寄贈されました。。現存しない立て坑や寺も再現され、ている。イベントで展示するほか、島の元住民に聞き取り調査をする際の資料に活用したいと思います。

 模型を作ったのは、北海道三笠市の斉藤靖則さん(63)
同市にあった幌内炭鉱に24年間勤務し、現在は同炭鉱跡のガイドや保存に携わるグループに所属している。
 
 過去に幌内炭鉱の建物模型も制作した経験がある斉藤さんは、往時の軍艦島の詳細な資料を知人から取り寄せて、制作に着手。木とアクリル板を使い、半年かけて500分の1サイズの軍艦島を作った。

 模型は縦96センチ、横32センチで、現存する高層アパート群に加え、今はない「泉福寺」や映画館「昭和館」も再現。立て坑部分はエレベーターの滑車を指で回せるようにし、炭鉱マンらしいこだわりで仕上げてあります。

=2007/11/17付 西日本新聞夕刊=より抜粋
詳しくは西日本新聞→http://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/nagasaki/20071117/20071117_005.shtml

Re: 軍艦島の模型が寄贈されました 管理人 - 2007/11/18(Sun) 08:30 No.3643

▼doutokuさんへ

これはまた凄い模型が寄贈されましたね!

お寺や映画館も再現されているそうですね。
竪坑ケージの滑車は、捲座の中の歯車を回すと昇降するような作りなのでしょうか。
添付頂いた画像や、西日本新聞の画像がいずれも小さく、
よく見えないのが残念です。
1/500ということなので、約1mの大作。
是非実物を見てみたいと思います。

Re: 軍艦島の模型が寄贈されました doutoku - 2007/11/19(Mon) 09:04 No.3644 <HOME>

下記のサイトに写真拡大して掲載しました。
ご覧下さい。
サイズのわりには精巧です。
改めて北海道の斉藤さんに感謝です。
http://www.gunkanjima-wh.com/nisikizi2.htm

Re: 軍艦島の模型が寄贈されました 管理人 - 2007/11/19(Mon) 15:23 No.3645

▼doutokuさんへ

大きなサイズの画像をアップして頂き、ありがとうございます。
拝見いたしました。
端島をご存知ない方がお作りになられたという事ですが、
とても精密に出来上がっていている様子で驚きました。
かつて明治村にしかなかった端島の模型ですが、
高島の資料館や大波止、そして今回の斉藤さんバージョン、
それ以外にも沢山。
端島は模型心も刺激する島なのだと思います。
ここまで来ると、
例えば埋め立て部分や建物、竪坑などの取り外しがきいて、
明治時代から大正〜閉山と、変遷していく様子が、
組み替えることで見られるような、そんな模型も欲しくなります。
時代時代での島内の様子変化もまた、端島の大きな魅力だと思います。

3Dでの制作が進行していると聞きましたが、
その場合も、閉山時だけでなく、
いくつかの時代の様子が重層的に見られるようなものだと、
感動もひとしおだと思います。
(相当大変な作業だと思いますが)
 



世界遺産 投稿者:ヒロシ  投稿日:2007/11/16(Fri) 00:57 No.3639

・・・・・・・・・・・う〜ん
何も足さず、何も引かず・・・、
見守ってあげたいですね。

観光地になるのは?

ある意味、「時が止まっている」のがこの島の、
良さ?ではないかと思います。
(個人的な意見ですみません)

Re: 世界遺産 管理人 - 2007/11/17(Sat) 05:16 No.3641

▼ヒロシさんへ

今年の9月にコメントを頂いたヒロシさんでしょうか?
ありがとうございます。

> 何も足さず、何も引かず・・・

それが一番いいかもしれませんね。
今は、ただあるだけで、
多くの人が多くの事を感じ考えられる島だと思います。

ただ、炭鉱遺産ではなく、
全く別の形になった島も見てみたいとも思います。

画像は桟橋から住宅棟側へ通じる地下トンネルの途中にある、
鉱業所へ出るための出口です。
光は差し込んでいますが、瓦礫で塞がれています。



はじめまして 投稿者:旅好きの学徒  投稿日:2007/11/15(Thu) 20:25 No.3638

一人でぶらっと旅に出ることが好きなのですが、なかなかお金と機会がなくしょんぼりしている人です。はじめまして。

基本的には史跡観光が好きなだけで、軍艦島は古いACのCMで見たきり、特に気にした例はなかったのですが、
当サイトをみて、春に公開されるとか。
実に気になるところであります。

私は東北の、鬼の手形の国に現住しているので、なかなかに遠く、果たしてバイト代を3,4ヶ月貯めていけるだろうかと思っておりますが、機会が許せば是非是非行きたいものです。

「史跡を探訪する」もしくは「他の街を探訪する」、などというのは、(元)住民の意図に関係なく、興味と好奇心からくるものです。どんなに理由を付けたところで、その本質が変わるわけではないので、先に明言しておきます。
私は興味と好奇が本意で端島を覗きたいと思っています。
なぜか。
昭和時代に夢見た未来予想図がそこにあるからです。
そして、昭和そのものが今猶残っているからです。
否、昭和などという言葉を強調することに意味はありません。過去の人の息を、心臓の音を、または笑い声を、泣き声を聞きに行きたいのです。
只ものめづらしい等という安直な理由は実に微々たる物で、私はここを史跡として訪ねたいのであります。

これから少し調査をすると思いますが、写真などで、画面越しの二次元三次的情報などでは、私は満足できません。その島に吹く風、埃を被った土、太陽の照り、波の音を聞かない限り、到底満足しうるものではありません。ただただ知識だけ脳に降り積もらせても、実感を伴うものではありません。
だからこそ私は旅が好きなのです。尤も、学校やバイトなどがあって機会には恵まれないのですが。
時間と金さえあれば、日本全国を飛び回りたいぐらいなのですが、限定して限定して、行きたい場所を絞ったときに、あるいは軍艦島も選択肢の一つとしてはいるでしょう。

2008年春が実に楽しみであります。


あと、当サイトのBGMには甚く感動しました。というより、流しながらサイトを見回っていたら、一時間ずっと流しっぱなしだということに後で気がつきました。私もたまに音楽ソフトなどをいじるので、remixできたら面白いなと思いました。

どうも失礼いたします

Re: はじめまして 管理人 - 2007/11/16(Fri) 23:24 No.3640

▼旅好きの学徒さんへ

はじめまして。軍艦島オデッセイをご覧になっていただきありがとうございます。

昭和三十三年 (1958) 年の新聞に、
端島を「日本の未来図」と表現した記事があります。
この年は、当時日本最高層だった学校の校舎が建設され、
また前年には国内初の海底水道が開通した時期です。
記事は、多少懸念を含みながらも、
基本的には産業の発展と過密な人口を、
輝かしい未来と表現したものだと思います。
それから50年。
今、端島が示す日本の未来図は、それとは逆のものではないかと感じます。
端島をはじめ炭鉱跡へ行くたびに思い浮かぶのは、
「金の切れ目が縁の切れ目」という言葉です。
人のあくなき欲望が開発を生みだし、
本来人が住まなくてもいいような岩礁を人であふれかえらせ、
自然を破壊しながら、時には人を人でなくしてまで夢を実現して来たのに、
欲望の対象が変わると、あっさりとその舞台を捨て、後はほったらかし。
これは、なにも過去の炭鉱とかに限った話ではないと思います。

リアルをお感じになりたいのであれば、
やはり実際に行かれるのが一番だと思います。
端島に限らず、旅はいいものですね。

BGMも聞いて頂きありがとうございます。
音楽をされているそうですね。
remix、是非聞かせて頂ければと思います。
なにかご希望があればトップページ記載のメイルにご連絡頂いてもかまいませんし、
もともと単純なメロディーなので、
採譜もすぐして頂けるのではないかと思います。

画像は昭和初期まであった第三竪坑用の捲座跡と夜明けの月です。



はじめまして 投稿者:北の主婦  投稿日:2007/11/09(Fri) 11:51 No.3635

先日,図書館で借りて来たミステリー小説に軍艦島が出ていたので
どんな島か検索した所こちらに辿り着きました。
島の写真を拝見して強い衝撃を受けました。
こんな島があるとは今まで知りませんでした。
炭鉱の町は知っていますが炭坑の島があったなんて・・・

一度自分の目で見てみたいです。

Re: はじめまして 管理人 - 2007/11/09(Fri) 13:14 No.3636

▼北の主婦さんへ

軍艦島オデッセイをご覧になって頂きありがとうございます。

炭鉱の町をご存知ということなので、北海道の方かな?と思いました。

長崎県の外海側の海底に石炭の層があったらしく、
端島から佐世保の手前あたりまでの島々は、その殆どが炭鉱の島でした。
端島は来年一般公開が予定されているので、いかれてみてはいかがでしょうか。
またサイト内にアップしている高島や
http://www.gunkanjima-odyssey.com/GS22-01-14.htm
池島
http://www.gunkanjima-odyssey.com/GS22-01-17.htm
なども炭鉱だった島です。
これらは島へ渡る事ができるので、いかれてみてはいかがでしょうか。
高島が主催する軍艦島・高島巡遊
http://e-takashima.net/sczyuru.html
では、高島に残る炭鉱アパートや石炭資料館を解説付きで見学でき、
炭鉱の島をまるごと体験できると思います。
また池島は近年まで操業していたので、
島内にまだ炭鉱施設や炭鉱住宅が多数残存しています。
時代的には新しいですが、
こちらも炭鉱の島をまるごと体験できると思います。

画像は端島の鉱業所の日の出です。



産業遺産群 投稿者:たく  投稿日:2007/10/24(Wed) 00:57 No.3632

はじめまして。
本日の朝刊に産業遺産群という単語を発見しもしやと思い端島を検索しているとこちらにたどり着きました。
5年ほど前に端島を知り夢中で色々な資料、記録を集めた時期がありました。
私の住む関西からは遠く、その5年前に一度訪れて以来再訪を夢見ているのですが、
なかなかかなわないまま月日がたちました。
やはり端島も認定されるようですね。
色々気持ちは複雑ですが端島の歴史的価値
(鉱山としてだけではなく近代建築等)
の観点からも、整備され保存されるのはいい事なのかもしれませんね。
ただやはりここが故郷の方たちもいらっしゃるとゆうことを踏まえた上での対応であって欲しいですね。

長々と失礼致しました。

写真は私が心打たれた文言です。
確か小学校の玄関口にあったと記憶します。

Re: 産業遺産群 管理人 - 2007/10/24(Wed) 03:26 No.3633

▼たくさんへ

軍艦島オデッセイをご覧になっていただきありがとうございます。
端島も去年、世界遺産に向けて申請が提出されていましたが、
継続審議という形になったようです。
>やはりここが故郷の方たちもいらっしゃるとゆうことを踏まえた上で
たしかにそうだと思います。
端島がピカピカに輝いていた時のお話を伺うたびに、
はたして現状の端島が保存される事が、意味があるのだろうかと思う事がよくあります。
変な色に塗ったり、全然違う形に作り替えるのは別としても、
島の再生に莫大な資金がかかるのなら、
いっそ別な場所に当時の様子を再現した場所を作る事の方が、
より伝わるんではないかととも思います。
ただ「実際の場所」ということもまたとても大事なことで、
その辺がとても難しいんではないかと思います。

張り紙に、もとの岩礁の姿に戻るまで、とありますが、
隣の中ノ島のようになっても、端島の方々にとっては故郷だと思います。

画像は啓明寮と呼ばれた、独身鉱員のためのアパートの1階壁面に残る、
島への想いが痛烈に表現された落書きです。



学校横護岸崩壊時写真 投稿者:端島支所下っぱ用務員  投稿日:2007/10/21(Sun) 15:25 No.3630

お世話になっております。
H2年9月の台風19号で学校横護岸が崩壊した頃の写真です。
グラウンド側がえぐられ入江のようになり校舎基礎杭がムキ出しになり海水に浸かってる様子は何とも驚きの状態です。
半年位このままの状態だったと聞いています。
よく持ちこたえたものと感心します。
               おそまつでした・・・・。

Re: 学校横護岸崩壊時写真 管理人 - 2007/10/22(Mon) 00:08 No.3631

▼用務員さんへ

ご投稿、ありがとうございます。
学校の下の埋め立て部分が、台風で流出してしまった時の光景は、
いつみても凄いですね!
本当によくこの状態で崩れなかったものだと思います。
そして、堤防は修復されたものの、学校の下が今でもこの状態なのにもかかわらず、
ちゃんと建っているのが、また驚かされます。
ところで撮影されている地点の付近にかつてのプールがあり、
この時の流出で地中から出現していた話を聞いた事がありますが、
用務員さんもご覧になりましたか?

▼BBSをご覧になったみなさんへ。
学校の下が流出した時の凄まじい光景は、
拙siteからリンクさせて頂いている、
柿田清英氏の写真集『崩れゆく記憶―端島炭鉱閉山18年目の記録』
http://www.kakita-photo.com/g/p/k/k11.html
に収録されています。
数多い端島の写真集の中でも、群を抜いて素晴らしい写真集なので、
まだお持ちでない方は是非お買い求めになることをお薦めします。

画像は台風後10年くらい経った時の学校の下です。
大きく空いた空洞には潮の満ち引きに合わせて海水が出入りし、
土に埋まっていた基礎の部分には、
植物が繁殖しています。



ホントですね・・ 投稿者:kasuga  投稿日:2007/10/10(Wed) 01:08 No.3628 <HOME>

アタシが言うのもなんなんですが、観光地化はして欲しくない気がします。
全然違うと思いますが、広島の原爆ドームとかのように
保存という形にして欲しいです。

まだまだ知らない端島・・
ココで一杯知っていきたいと思います。

Re: ホントですね・・ 管理人 - 2007/10/10(Wed) 06:51 No.3629

▼kasugaさんへ

またコメントを頂き、ありがとうございます。
ハウステンボスの様に、もともと行楽目的に作られた観光地とは違うので、
その辺をはっきりとさせながら進めて行って欲しいと思います。

ところで「観光」という言葉は、不思議な言葉ですね。
観光 wikipedia▼
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E5%85%89
観光はもともと「国の光を観る」という、けっこう高尚な言葉だったんですね。
端島炭鉱も本来の観光地になって欲しいものです。

軍艦島オデッセイは端島のほんの入口なので、
その先はご自身でどんどん調べて下さい。
そして何か発見があったら、教えて頂ければと思います。

画像は鉄筋アパートのはざまにかつてあった生協売店跡です。
鉄筋の建物は今でも多くが残っていますが、
木造の建物は殆どが倒壊してしまっているのは残念です。



端島小学校運動会 投稿者:端島支所下っぱ用務員  投稿日:2007/10/08(Mon) 16:12 No.3625

お世話になっております。
端島小学校の運動会の様子を写した写真です。
S47年撮影とあります。
父兄参加の踊りのようですね。
たのしい様子が写真を見ても伺えます。
おそまつでした。

Re: 端島小学校運動会 管理人 - 2007/10/09(Tue) 17:51 No.3627

▼用務員さんへ

操業時の運動会の様子をアップして頂き、ありがとうございます。
ほんと、みんな楽しそうですね!
昭和四十七年ということなので、
端島沖の採炭工事が中止されたあとの事。
ひたひたと閉山が忍び寄っていた時期になりますね。
それを知っていたのか知らなかったのかは分かりませんが、
父兄のことさら明るい笑顔が、しみます。。。



初めましてm(_ _)m 投稿者:kasuga  投稿日:2007/10/08(Mon) 15:36 No.3624 <HOME>

何年か前にNHKのアーカイブスか何かで『軍艦島』を知りました。
自分自身が生まれた頃にはすでに炭鉱は閉鎖され、無人島になり、ここに住んでいた方の故郷に入る事が出来ない想いなんかを考えると何とも言えない気持ちになります。

入る事が出来ない島のあちこちには今もその状態が残っていて、余計に関心を示さずには入られませんでした。
ちょこちょことネットで検索しては見ていました。

長崎市が、ことし桟橋や遊歩道を整備する方針を固め、早ければ来年春から観光客も上陸できる見通しになったと
報じていたので、検索かけるとココのサイトに出会う事が
出来ました。
ブログへリンクも貼らせて頂いていいでしょうか?
又、お邪魔させていただきます。

Re: 初めましてm(_ _)m 管理人 - 2007/10/09(Tue) 17:36 No.3626

▼kasugaさんへ

はじめまして。軍艦島オデッセイをご覧になって頂き、ありがとうございます。
元住民の方々のお気持ちを考えると、せつなくもなりますが、
残っているからこそ、より一層そう感じるのかもしれないと思います。
大都市の再開発地域が故郷の方々等は、
跡形すら無くなってしまう場合が殆どなんではないかと思います。
形が残っている方がいいのか、
いっそ完全に無くなって、思い出だけが残る方がいいのか、
いつも考えさせられます。

来年に向けて一般上陸の準備が進んでいるようですが、
せっかくここまで残って来たので、
なるべくそのまま残す方向で進めてもらいたいと思っています。

リンク、ありがとうございます。
よろしお願いします。
またいらしてくださいね。

画像は14号棟とよばれる職員のためのアパートの部屋に残る欄間です。
島内には当時の生活を伝えるものが沢山残っています。

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