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NHK放送 軍艦島へむけて 投稿者:doutoku  投稿日:2006/11/21(Tue) 15:22 No.3253 <HOME>

11月22日全国放送で流れるそうです。

ただし 朝の5時台の「おはよう日本」の中らしいです



世界遺産へ13カ所 投稿者:doutoku  投稿日:2006/11/14(Tue) 23:00 No.3241 <HOME>

九州知事会研究委 候補リスト決定
 産業遺構の世界遺産登録を目指し、九州地方知事会が設置した「九州近代化産業遺産研究委員会」(委員長・西村幸夫東大大学院教授、10人)が14日、福岡市で開かれ、6県の13カ所を暫定リスト入りの候補とすることを了承した。

 今後、産業遺構のある県、自治体は、所有者の同意を得た上で11月末までに合同で文化庁に提案し、世界遺産暫定リストへの追加を要請する。

 なお、三井田川炭鉱のやぐらと煙突(福岡県田川市)など、旧産炭地・筑豊地方の産業遺構についても提案に盛り込む協議事項としている。

 委員会は、点在する産業遺構を「九州を中心とする近代化産業遺産群」(仮称)として一体感をアピールするよう提案。「西洋技術の導入から約50年で飛躍的な経済成長を成し遂げた世界的な事例の歴史的事実の証左」と意義付けている。

 ●世界遺産登録に向けた「暫定リスト入り」候補 
官営八幡製鉄所東田第1高炉(北九州市)
三井石炭鉱業三池炭鉱宮原坑施設 (福岡県大牟田市)
旧グラバー住宅 (長崎市)
小菅修船場 ( 同 )
北渓井坑跡 ( 同 )
端島炭坑 ( 同 )
三井石炭鉱業三池炭鉱旧万田坑施設(熊本県荒尾市)
旧尚古集成館(反射炉・溶鉱炉) (鹿児島市)
旧尚古集成館機械工場 ( 同 )
旧鹿児島紡績所技師館 ( 同 )
萩反射炉  (山口県萩市)
旧高取家住宅 (佐賀県唐津市)
三角旧港(三角西港)施設 (熊本県宇城市)

=2006/11/14付 西日本新聞夕刊=より抜粋

Re: 世界遺産へ13カ所 管理人 - 2006/11/15(Wed) 05:40 No.3243

確か国が認めた暫定リストをユネスコへ提出した段階で、
ほぼ世界遺産が確定になると聞いたことがあります。
となると、この文化庁へ提出したあとの結果によっては、
もうそこまで世界遺産が来ているということですね!

小菅修船場が入っているのは、
なんか嬉しくもありますが、
先日(10/31)のシンポジウムでも取り上げられていた、
国際海底電線小ヶ倉陸揚庫が入っていないのは、
ちょっと寂しくもあります。

画像は海側から見た小菅修船所です。

Re: 世界遺産へ13カ所 tks - 2006/11/19(Sun) 20:42 No.3249 <HOME>

水を差すようで恐縮ですが、今回の暫定リスト発表の件、私はちょっと欲張りすぎのような気がいたします。この発表には九州地方知事会の意向が強く働いていて、どうもお偉いさん方は世界遺産登録を単なる観光振興策と考えているフシがあるんですよ。

西日本新聞 2006.11.19 社説「歴史たどる試みはいいが 九州の産業遺産」
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/syasetu/20061119/20061119_001.shtml

あのリストの中で、単独でも登録される価値があるのは軍艦島くらいのものでしょう。それに乗じてあれもこれもと欲張っては、かえって軍艦島登録の妨げになりはしないかと心配です。そもそも、こんな広範囲で漠然とした括りでの一括登録をユネスコが認めるのか、かなり疑問ですが…

もし他の物件も付けるなら、炭鉱施設に限定すれば筋が通るのではないかと思います。つまり、宮原坑・万田坑・北渓井坑跡そして協議事項の田川炭鉱です(個人的には志免炭鉱も追加したい)。しかしこれだと世界遺産の恩恵を受けるのは福岡・長崎・熊本だけ(ほとんど福岡・長崎に集中)なので、他県は不満でしょうね。

Re: 世界遺産へ13カ所 管理人 - 2006/11/19(Sun) 23:08 No.3252

▼tksさんへ

貴重なご意見をありがとうございますm(_ _)m
確かに、西日本新聞の記事にもあるように、政府の方針転換に併せて急ぎでリストアップしたものだったら、
もっともっと沢山ある産業遺産をちゃんと吟味してからにして欲しいとも思いますね。

10/31のお台場のシンポジウムでは、
なぜ尋常でない早さで日本の近代化は発展したのか?そしてそのメカニズムの解明。
ということに1つの大きな重点があったと思います。
スミス氏も何度かその点に触れ、特に興味を持たれていたようでした。

今回の暫定リスト候補の決定に、
シンポジウムを進行していた方々のご意見が反映されているとすれば、
おそらくその視点からの決定ではないかと思いました。
単に炭鉱遺産であるとか大規模な産業遺産だという点ではなく、
急速な発展を遂げた日本の近代化の謎を解く跡が残っているモノ、
という選択基準(表向きは^.^;)なんではないかと思いますが、
いかがでしょうか。

事実13カ所の候補のうち、
八幡の第1高炉と端島を除いた11カ所は、
すべて幕末から明治期の遺構が残存しているところではないでしょうか。
と考えると、長崎造船所の資料館が入っていないことや、
シンポジウムでスミス氏も触れていた、
前述の国際海底電線小ヶ倉陸揚庫が入っていないのは、
なんでかな?と思います・・・

また端島には幕末から明治期の遺構は現在残っていませんが、
それが理由かどうかはわかりませんが、
シンポジウムでは端島を遺産リストに入れるべきか、そうでないかの話題がのぼる一幕もありました。
 



高島鉱業所発行乗船割引補助券 投稿者:端島支所下っぱ用務員  投稿日:2006/11/19(Sun) 17:16 No.3247

お世話になっております。
引き出しの中を整理しておりましたら懐かしいモノが出てきましたので貼らせて頂きました。
高島鉱業所が従業員に発行してました野母商船(後に長崎汽船という子会社)乗船時に使う従業員(家族共)割引補助券です。
白く塗りつぶしてるとこは私の父の名前が入ってるとこです。
そして住んでる地区名。
3056という数字は従業員番号です。
丸に1の数字は・・一寸忘れました・・。
60というのは昭和60年というものです。
これが表紙。

Re: 高島鉱業所発行乗船割引補助券 端島支所下っぱ用務員 - 2006/11/19(Sun) 17:28 No.3248

2枚目です。
中身で、20枚綴りになってまして右側の券を切り取り使用してました。
高島から乗船する時はもちろん、長崎からの帰りの乗船時もこれを提示しないと割引が受けられないので必要でした。
ちなみにこれは高島鉱業所直接従業員本人及び家族しか支給されませんでした。下請け会社従業員や一般個人商店方々には発行されませんでした。  おそまつでした。
追伸
イベントリポートご案内有り難うございました。
楽しそうに話している坂本さんんと中野さんの笑顔がいいですね。東京関東にお住まいの方々の端島に対する興味の大きさが分かりますね。次回は是非用務員めも参加したいです。(土日祝限定ですが・・・)

Re: 高島鉱業所発行乗船割引補助券 管理人 - 2006/11/19(Sun) 22:05 No.3251

▼用務員さんへ

今週はまたまた貴重なものをアップして頂き、ありがとうございますm(_ _)m
端島でも鉱員の方は乗船の時、割引があったとは聞いていましたが、
高島ではこういった券が発行されていたのですね。
(端島でも発行されていたのでしょうか・・・)

社員と鉱員の方は割引対象、
組の人や個人商店のお人は島外者ということで対象外、
では教員や役場などの公務員の方々や、
購買所でお仕事をされていた方々は、
どうだったんだろうと思いました。

イベントレポートをご覧になって頂き、ありがとうございますm(_ _)m
もし次回行うときは、土日にしようと思いますので、
その時は是非ご参加頂ければと思っています。(^.^
 



MEET THE GUNKANJIMA イベントリポート UP! 投稿者:管理人  投稿日:2006/11/19(Sun) 00:59 No.3245

去る11/1に行った、
軍艦島トーク・セッション
『MEET THE GUNKANJIMA』
のイベント・リポートをアップしました!

http://www.gunkanjima.ne2.jp/MTGreport.htm

元島民の坂本道徳さんと中野哲夫さんのお話をテキスト化、
他、イベント詳細リポートです。

ご参加頂いた方々は、
当日を思い出しながらご覧になって頂ければと思います。
また、イベントにお越し頂けなかった方も、
ぜひご覧になってください。

※サーバの関係上、時々繋がらない事がありますが、
その時は2、3日経ってから再度ご覧になってみて下さい。
 

Re: MEET THE GUNKANJIMA イベントリポート UP! 超問です。 - 2006/11/19(Sun) 15:35 No.3246

イベント・リポート、拝見させて頂きました。

端島(軍艦島)でのデートの経験を持つお二人をうらやましくしく思います。

イベント・リポートの中野さんの写真を拝見すると、30年の月日が非常に感じられました。(特に○○、私も人のことが言えませんが・・・)

Re: MEET THE GUNKANJIMA イベントリポート UP! 管理人 - 2006/11/19(Sun) 21:56 No.3250

▼超問さんへ

イベント・リポートをご覧になって頂き、ありがとうございますm(_ _)m

中野さんの写真は前日のお台場でのシンポジウムの時に撮らせて頂きましたが、
あまりよく撮れていませんね(汗
超問さんも、ずっと中野さんとはお会いになっていないのでしょうか。
でも道徳さんがおっしゃっていたように、
お会いになれば、あっ、っていうかんじで、
お分かりになるんではないでしょうか?
 



3号職員アパート出入り口通路と2号職員アパート階段... 投稿者:端島支所下っぱ用務員  投稿日:2006/11/12(Sun) 01:05 No.3236

お世話になっております。
H10年5月撮影分です。
3号職員アパート出入り口張り出し通路と、2号職員アパート階段室との連結部分です。
2号の3階に繋がってます。
昔の天川造りの擁壁が残ってます。
やはりこういういたる所に繋げられる箇所があれば可能な限り繋げて連絡通路に造り上げていくところが端島独特なのではないでしょうか。  おそまつでした。

Re: 3号職員アパート出入り口通路と2号職員アパート... 管理人 - 2006/11/13(Mon) 05:51 No.3238

▼用務員さんへ

今週は2つもご投稿頂き、ありがとうございます!

2号棟と3号棟の渡り廊下ですね。

本当に用務員さんは細かなポイントをしっかりご覧になられているので、
それらを毎回見ていると、
端島の全貌がつぶさに見えて来ます。
ビルの全体像等よりは、こういった細かな場所の方が、
人が使っていた時の事をリアルに感じることができると思います。

オープロジェクトのメイン・サイトで始めた
用務員さんの専用ページ
「あまり知られていない軍艦島」
の更新がままならないですが、
また近々Vol.2を作らせて頂ければと思っています。
 

Re: 3号職員アパート出入り口通路と2号職員アパート... 超問です。 - 2006/11/14(Tue) 21:08 No.3240

ご無沙汰しております。つまらない事ですが、投稿させて頂きます。

島に住んでいながら、30数年の年月は、3号棟が擁壁の上に建っていたことも忘れていました。

思えば船頭小屋が有った付近から、56号棟がある島の西側山頂付近の大部分は擁壁だらけではなかったのでしょうか。

高島炭砿史や軍艦島実測調査資料集にある大正2年とされる旧の13・14・15号棟の映像を見ると益々感じてしまいます。

ちなみに、2・3号棟が建つ前は、その付近は木造の建物が並んで建っていたみたいですね。

住んでいた閉山の頃の端島より、昔、昔の端島に興味を覚える超問です。

Re: 3号職員アパート出入り口通路と2号職員アパート... 管理人 - 2006/11/17(Fri) 04:57 No.3244

▼超問さんへ

書き込まれた後にdoutokuさんの書込があったので、
気が付かず、申し訳有りませんでしたm(_ _)m

大正2年と言えばまだ鉄筋アパートが一棟もない時代ですね!
そういった時代も、明治23年から数えても30年近くあったんですよね。
旧14号棟は木造ながら5階建て、更にコンクリートの陸屋根付き。
凄いですね!

今では端島と中ノ島は全然違いますが、
明治の頃は高浜あたりから見ると、
端島と中ノ島は同じ様な感じに見えたのでしょうか?
 



3号職員アパート屋上 投稿者:端島支所下っぱ用務員  投稿日:2006/11/12(Sun) 00:47 No.3235

お世話になっております。
H10年5月に撮った写真です。
端島で一般の人が上がれる最頂部の3号の屋上です。
(いちばん高いところは第2竪坑上部だそうですが・・)
鉱場側のコンクリ製手摺は結構早い時期に(s59〜60年頃にはもう崩落していた・・?)崩れていたらしいです。
ここからの眺めはほんと素晴らしいです。おそまつでした。

Re: 3号職員アパート屋上 管理人 - 2006/11/13(Mon) 05:43 No.3237

▼用務員さんへ

今週も解説付き写真をありがとうございますm(_ _)m

先日行った軍艦島のトーク・イベントでは、
坂本道徳さんが、3号棟屋上でのデートの思い出をお話されていました。
初心者は神社でのデートから始まって、
3号棟の屋上デートは、相当2人の中が進んでからだそうです。
3号棟の屋上まで行くと、回りのビルの屋上が全部見渡せますが、どの屋上にもカップルがいて・・・

夕暮れ時とか、外海の方を眺めるカップルが、
そこかしこの屋上で片寄せ会ってる光景が目に浮かびました。

時々当時の写真で、3号棟の屋上を上から写した写真を見ますが、
それが恐らくそれが第二竪坑の上から眺めた光景だったんですね。
もう叶いませんが、一度見てみたかった光景です。
 



昨夜は、ありがとうございました。 投稿者:FORZA  投稿日:2006/11/02(Thu) 22:44 No.3218

管理人様、コンバンハ。
昨夜の『Meet the GUNKANJIMA』お疲れ様でした。
坂本さんや、中野さんの端島での暮らしぶりを
直接お聞きする事が出来ましたので、
改めて軍艦島(端島)の勉強になりました。
また、「一山一家」をお二人から直接お聞きしましたので、
よりハッキリと「一山一家」を知る事が出来ました。
昨今は「近所付き合い」が希薄になってしまっているので、
元島民の方々の「繋がり」の強さを羨ましくも思いました。
私が幼少期を過ごした住宅地は、
「一山一家」程、繋がりは強くは無かったと思いますが、
近所付き合いは、割とシッカリしていました。
そんな幼少期を過ごした事も、
今はスッカリ「懐かしいもの」になってしまいました。
自分が過ごした時代を軍艦島に写し見ているのでしょう。

上映された島民の方々の映像も、興味深く拝見させて頂きました。
会場で購入させて頂いたDVDにも収録されているのでは、
と思ったのですが、写真のみだったので、ちょっと残念でしたが、
貴重な一枚である事には変わりません。
「軍艦島-失われた時を求めて…」の続編という形で、
当時の動画を収録したDVDを発売して頂けないでしょうか?
ご検討の程、宜しくお願い申し上げます。

また、話が前後しますが、同席した若いお姉さんと意気投合してしまい、
メールのやり取りが始まりましたφ(^^)
他にもちょっとお話が出来た方もいたのですが、
何せココは僻地なので、☆王線のダイヤの関係上、
早く帰らなければならなかったので、
もうちょっとお話出来れば良かったのですが…
また、管理人様を始めとする
O Projectさんのメンバーさんとも
お話をしたかったんですけど、
時間が迫っていたので、忙しく会場を後にしなければなりませんでした(T-T)
ちなみに、最寄り駅に着いたのは12時でした。
最終便が早い時間なのが、ネックです(^^ゞ

Re: 昨夜は、ありがとうございました。 管理人 - 2006/11/03(Fri) 02:46 No.3220

▼FORZAさんへ

昨日は MEET THE GUNKANJIMA へお越し頂き、
本当にありがとうございました!

以前、電車のお時間のことを伺ってましたので、
ゆっくりお話はできないかと思っていましたが、
思った以上にご挨拶程度になてしまい、
とても残念です。
次回、もしイベントを行うことがあれば、
休日のもっと早い時間から初めて、
最初からみなさんとお話できるような、
そんな会にできたら、とも思います。

稼働していた時の端島の映像は、
ああいったイベント会場だから流すことが出来たもので、
パッケージとして販売するには、
クリアしなくてはならない事が沢山ありますが、
以前掲示板でもお話させて頂いたように、
できれば軍艦島の次回作を作れれば、
とも思っていますので、
その際には、可能ならば当時の映像も使えたらと思っています。

会場で知り合われた方と、
その後メイルのやりとりをされているそうで、
そういった意味でもイベントをやってよかったな、
と思います。

PS : 特製のおみやげをありがとうございました。
とても嬉しかったです。
 

コンバンハ。 FORZA - 2006/11/03(Fri) 22:27 No.3224

管理人様、コンバンハです。最寄り駅の駐輪場なら、
一晩中でも止めておけるんですが、電車のダイヤが…(^^ゞ
JRなら、結構遅い時間の電車があると思うんですが、
駐輪場が12時で閉まってしまうので、
どちらのルートを使っても、12時まで辿り着かないとアウトなんですョ。
僻地に住んでる者にとっては、ホント時間がネックです。
当日集まられた方々は、皆さん軍艦島ファンですから、
時間さえあれば、もっとお話出来たと思うので、ホント
残念です(T-T)
管理人様とも、軍艦島のお話の他に音楽のお話もしたかったのですが…(ToT)
次回開催されたら、夕方ぐらいからスタートだったら良いなと思っています。

当日はマニアな方ばかり集まるのかと思っていましたが、
端島炭鉱が稼動していた時代にも興味を持たれる方が
いらっしゃいましたので、
色んな意味で良いイベントでした。
共通の話題が出来る女性とメル友になれましたし…(^-^)

軍艦島-FOREST OF RUINS-パート2、是非ともお願い致します。
色々とご苦労があると思いますが、
端島炭鉱が稼動していた頃のカラー写真は見た事が無いので、
写真も勿論ですが、映像も可能な限り入れて頂ければと思います。

例の「お土産」ですが、気に入って頂いて嬉しいです(^^)♪
データが九つ入っているものの表面は、
ヤッパリ「あの写真」しかないと思いました。
文字を筆文字にしたのは、軍艦島Tシャツを参考にしました。
文字色を赤にしたのは、強調させる為でもあります。
二つ折りの中は、軍艦島の名所(?)である
「あの場所」を入れるべきだと思いました。
ケース裏面も、インパクトのある「あの写真」を選びました。
データタイトルをデジタル文字にしたのは、
元のデータがデジタルである事も含めて、
軍艦島の時間が、流れているようにも
止まっているようにも見えるイメージから、
デジタル時計的な書体で表現してみました。
もう一枚のデータが一つのものは、
あまり上手く表現し切れなかったので、
私的には、いまいち納得がいかないものになってしまいました(汗)
素材は素敵な素材なのですが、私の表現力不足でした。
もうちょっとセンスの良いものにしたかったのですが…

〜追伸〜

あまり「お土産」の内容をおおっぴらに書く分けにはいかないので、
わざと曖昧な言葉で書き込みさせて頂きましたが、
管理人様なら、お分かり頂けるかと思います(^^ゞ

Re: 昨夜は、ありがとうございました。 管理人 - 2006/11/06(Mon) 02:01 No.3226

▼FORZAさんへ

お返事ありがとうございますm(_ _)m

いらっしゃっていた方々が、
世田谷区、渋谷区などの23区南西部からの方が多かったので、
平日の8時スタートということを改めて認識しました。

マニアックな場所として捉えられがちな端島ですが、
私たちとしては、端島は決してマニアックな場所ではないと思いながら、
DVDやサイトを作っています。
今回のイベント告知のイメージも、
(果たせたかどうかはわかりませんが)
なるべく誰でも興味を持って頂けるように心がけました。
例えば「産業遺産・端島炭鉱」的な告知をすると、
もっと専門家の方にお集まり頂けたかとも思いますが、
それは私たちのすることではないと思っています。

特製おみやげは、どちらも端島満載で、
強い想いを感じさせて頂きました。
ありがとうございます。

画像は56号棟の岩礁側の縁側です。
恐らく障子紙が貼ってあったのだと思いますが、
細かな木のサンが綺麗です。

次回は FORZA - 2006/11/07(Tue) 23:06 No.3233

もし、可能でしたら、次回は休日の昼間というのは如何でしょう?
昼食会も兼ねたトークセッションといった感じで…
日中であれば、私もあまり時間を気にせず、
皆さんとお話出来ると思います。

また告知の件ですが、『軍艦島』と告知した方が、
参加し易いと思われます。
「産業遺産 端島炭鉱」では、頭でっかちに
考えてしまう人もいるかと思います。
(ただ、元島民の方は、「軍艦島」という呼び名は好まれないようですが…)

過日、知り合ってメールのやり取りをさせて頂いている方は、
ヤッパリ「廃墟としての軍艦島」から入ってきたようです。
そこから島の歴史に興味を持った…という点は、私と同じです。
やっと保存の方向に進んでいますから、
人其々捉え方は違うと思いますが、
軍艦島を愛する人皆で、軍艦島を応援していきたいと思います。

Re: 昨夜は、ありがとうございました。 管理人 - 2006/11/09(Thu) 04:56 No.3234

今後のイベントに関するご意見を頂き、
ありがとうございます。
次回イベントを行う際の課題とさせて頂きますね。

私たちも、元々は廃墟軍艦島がスタート地点です。
そして今でも廃墟軍艦島に魅力を感じますが、
それと同時に人が沢山いた端島にも魅力を感じます。
果たしてそれが同じ魅力なのかは疑問ですが、
少なくとも、どこから見ても魅力尽きない垂涎の島であることには、
違いないですね。(^.^)
 



お礼が遅れて申し訳ありません 投稿者:doutoku  投稿日:2006/11/07(Tue) 13:38 No.3231 <HOME>

トークセッション ありがとうございました。
自分たちの思いがどこまで伝わったのかはわかりませんが、
皆様の真剣な顔にとても感動しました。
もっと多くの方とお話したかったのですが、時間が足りなくて残念でした。
端島(軍艦島)を見る視線と、思い出との交差の中で
それぞれの「軍艦島」があるのだと思いました。
この島は住んでいた者だけのものではなく、過去から未来へ向けたそれぞれの「軍艦島」であろうと思います。
今後どういう風に保存活用されるのかは、皆様の意見にも耳を傾けながら、活動の継続をしていきたいと思います。
遠くから来られた方もいらっしゃいました。
またの機会にもう一度熱く議論できたらと思います。
オープロジェクトの皆様の準備からのご苦労に感謝申し上げます。
今後ともよろしくお願いします。
ありがとうございました。

軍艦島を世界遺産にする会 坂本

Re: お礼が遅れて申し訳ありません 管理人 - 2006/11/07(Tue) 16:03 No.3232

▼doutokuさんへ

10/31のシンポジウムでの講演、お疲れさまでした。
そしてトークショーでは大変お世話になりました。
心からお礼申し上げます。

今回のイベントに参加下さったお客さんは相当クオリティが高く、
みなさんそれぞれ、端島や軍艦島にたいする想いやご意見をしっかりお持ちだったと思います。
それはアンケートに軍艦島ではなく端島の文字を書かれていた方が多かったことからもわかります。

本来は膝をつき合わせてのフリートークがあって、
初めて「トーク・セッション」になる筈だったのですが、
会場の都合もあって、一方的に話をする「トーク・ショー」で終わってしまったのは残念でした。

是非次回機会がございましたら、
もっと対話ができる形にできたらと思っています。

本当にありがとうございましたm(_ _)m

画像はお部屋に残っていたモノです。
もしご記憶にあったら、懐かしんで頂ければと思います。
 
PS : 10/31のシンポジウムでスミス氏が、
端島を保存するならまず木部を撤去する必要があるとおっしゃてました。
安全な見学を視野に入れてのことと思いますが、
端島のアパートから木部がなくなったら、
端島のアパートじゃなくなってしまうと思いました。
 



ご参加嬉しかったです。 投稿者:中野 哲夫  投稿日:2006/11/06(Mon) 23:48 No.3229

イベントへの参加を心より嬉しく思います。遠いところから夜遅くまで、皆さんの熱意を感じました。皆さんとは、膝を交えた状態でお話していくのが良かったんじゃないかとおもいました。緊張してましたので、はじめのころはぎこちなかった感じだと思います。何度かお会いしつづければ、もっともっと当時のことを話せると思いますので、オープロジェクトの皆さんもご苦労ですがよろしくお願いします!                                         中野 哲夫でした。 (^_^)v

Re: ご参加嬉しかったです。 管理人 - 2006/11/07(Tue) 00:47 No.3230

▼中野哲夫さんへ

イベントでは貴重なお話をして頂き、ありがとうございました!

緊張されていたということですが、
全然そんなふうにはみえませんでした。
すごくゆっくりと、皆さんにわかるようにお話して頂いたとなという印象です!

膝をつき合わせた形での会は、
ぜひ持てればと思っていますので、
その時は改めてよろしくお願いいたします。

本当に、ありがとうございましたm(_ _)m

画像は体育館付近の星空です。
中野さんは何回も端島の星空をご覧になったんでしょうね。
 



OProjectの皆様、ありがとうございました 投稿者:S.K.  投稿日:2006/11/05(Sun) 14:32 No.3225

O Projectの皆様

先日は楽しいイベントをありがとうございました。大変お疲れさまでした。

ゲストのお二人から、端島の生活について多くのことをうかがい、見たことのない写真も拝見できてとても勉強になりました。端島というコミュニティについて知りたいと思っておりましたので、拝聴させていただけて本当に良かったです。

島を見に行ってから相当の年月が過ぎてしまったせいか、何年経っても「無人島」の姿ばかりが紹介されていることに物足りなさを感じておりました。操業時代の端島、特に人が生活している姿はどうだったのか、どんな暮らしをしていたのか知りたくなったのだと思います。端島を見たときに、私が知っている鉱山跡の廃墟とは決定的に違うことを確信しました。それは、あまりにも多くのご家庭の「生活」が残されていたことでした。住んでおられた皆様が「思い出」を沢山残されていったような気がして、何かこみあげたといいましょうか。

私の地元にも鉱山がありました。ここにもアパート群の遺構があるのですが、内部に生活感はほとんどありません。引越しで荷物を運び出してしまったからなのでしょう。そこが決定的に違っていました。端島には、他に探してもないような「人の帰りを待っている」独特の風景が広がっていました。箪笥や家電はもとより、お名前入りの歯ブラシもそのままに・・・部屋が一家の帰りを待っているかのように思えてしまったのは私だけでしょうか・・・それを見て、端島は「廃墟」というよりも「人がいないだけ」ではないかと考えるようになり、それが島への興味をますます深めることになりました。

イベントでは、資料で読んだことがある端島唯一の交通事故の中身を初めて聞いて、その意外性に笑ってしまいましたし、ありのままの画像も拝見できて嬉しい限りでした。思っていたとおり、人々の暖かい表情が島に広がっていたのですね。そして、無人島しか知らない私にとっては、お二人のお言葉のひとつひとつがとても印象的でした。貴重なお話を賜り、本当にありがとうございました。

昭和59年3月4日の端島です。イベントで話に出た「ゴロ野球」の写真も昔の切り抜きにありまして、やっと何の遊びか判りました。(会場で中野さんにもご覧いただくことができて嬉しかったです)しかし、屋上まで投げ上げる方がいらっしゃったとは驚きました。

Re: OProjectの皆様、ありがとうございました 管理人 - 2006/11/06(Mon) 02:17 No.3227

▼S.K.さんへ

MEET THE GUNKANJIMAへお越し下さい、ありがとうございました!
そしてイベントの感想も沢山ありがとうございます!
本来イベント終了後にフリートークを予定していましたので、
ゆっくりお話させて頂けるかと思っていましたが、
ご挨拶程度になってしまって、
せっかくお持ち頂いた雑誌グラビアもゆっくり拝見できず、
とても残念でした。

今回は青春時代を端島で過ごされた方々のお話でしたので、
あえて炭鉱側の話には殆ど触れませんでしたが、
昭和の生活同様、炭鉱の生活や仕事に関してもとても興味があるので、
是非ともお話を伺いたかったところです。

1984年の端島。閉山後10年目ですね。
まだ3号棟や学校の壁がとても綺麗にみえます。
恐らく山の上にも木造の施設が沢山残っている時代でしょうね。
ちょっと遠いですが、貴重な写真をありがとうございます。
 
画像は65号棟の共同洗濯場です。
やはり水は大切だったんですね。
 

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