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無題 投稿者:ふわふわ猫  投稿日:2006/06/27(Tue) 00:25 No.1029

大雨で軍艦島が心配でなりません!
これ以上、島が荒れて欲しくないんです。

どうも、はじめまして。
テレビで軍艦島を知って興味を持ち、こちらの美しいサイトに出逢ってからすっかりファンになってしまいました。

今の私の夢は、いつかこの目で、近くから端島を見たい!

そのためには、船酔いを克服しないと(>_<)
冗談はさておき・・・・

軍艦島の浮かぶ大海原に、夕陽が沈む美しい映像に、幻想的なBGM。
何度拝見しても、感動の涙が出てきてしまいます。
写真もとてもきれいです。

これからも、ずっとっずっと端島を見守っていきたいので、サイトも続けていって欲しいです!



Re: 無題 管理人 - 2006/06/27(Tue) 13:55 No.1033

▼ふわふわ猫さんへ

軍艦島オデッセイをご覧になっていただき、ありがとうございます!

九州の大雨、凄く気になります。
どこか大きく壊れてなければいいですが。。。
でも、ずっと先、
いつかは壊れるかもしれませんね。

そうなる前に、少しでも形に残しておければと思いました。

すご〜くゆっくりですが、
これからも更新していこうとおもってますので、
また遊びにいらしてください。
お待ちしています。

画像は晩秋の日給社宅です。
 



無題 投稿者:Sow  投稿日:2006/06/22(Thu) 22:35 No.962

はじめまして。
私は奈良県に住む、中学3年生です。

私は、小学生のときにこの島の存在を知りました。そのころは、まだ何も知らなくて、テレビの中のその島に対して何か不思議と引きつけられるようなものを漠然と感じていただけでした。親に「行きたい!」と何度も頼んだり、「知りたい!」という気持ちはとても強かったのを覚えています。それでも、小学生だった私にとってその島は、「気になる島」というところでストップされた状態でした。

そしてつい最近、丁度社会で高度経済成長の時代を学習した時のことです。先生の口から、ちらりと「軍艦島」の名前が発せられたのです。衝撃をうけた私は、インターネットを利用し、調べてみることにしました。
そして、このサイトに出会ったのです。

私は15歳で、奈良県民です。この島にも時代にも、何の関わりもありません。でも、この島を知ることは、これから日本に生きていく上で、私にとってとても大切なことだと思うのです。本当に知りたいと思いました。ここでは、そういったことを感じさせてくれるように思います。
このサイトに出会えて、本当によかったと思います。

今度、社会のレポートに軍艦島のことをかこうと思うのですが、このサイトの写真などを使用させてもらってもいいですか?そして、掲載が許可されるなら、何を明記すればいいかも教えていただけないでしょうか...?

駄文失礼しました。

Re: 無題 管理人 - 2006/06/23(Fri) 02:07 No.967

▼Sowさんへ

軍艦島オデッセイをご覧になって頂き、ありがとうございます!

中学生の方に詳しくご覧になって頂いて、とても嬉しいです!

私達オープロジェクトも、メンバー3人が全員、
長崎にも端島にも全く関係ない人間ですので、
この島をみる視点は、恐らくSowさんと同じものもあるかと思います。
私達も、発端は趣味の延長でしたが、
その後、残しておく必要があるのではないかという思いが強くなりました。

このサイトはあくまで個人サイトなので、
内容にはかたよりがあります。
端島を語る上で、本当は話さなくてはいけない多くの事を、
いくつかの理由があって載せていませんので、
そのへんはSowさんがご自身でお調べになって、
補足して頂ければと思います。

ただそれらの話がなくても、この小さな島を知るだけで、
随分この島の時代のことを知る事ができたというのが実感です。

サイト内の画像のうち、
「〜から引用」あるいは「〜に提供していただきました」の記述のあるもの以外でしたら、
リポートにお使い頂いてかまいません。
注釈は「オープロジェクト『軍艦島オデッセイ』より引用」とだけいれていただければと思います。
また「〜から引用」の写真は、国会図書館等へいくと原本があると思いますので、
原本からコピーされたものをリポートの添付資料としてお使いになるぶんには問題はないと思います。
そして新しい発見がありましたら、教えて頂ければと思います。

またお待ちしています。

画像は鉄筋コンクリの中に埋まっている桜貝です。
対岸の砂浜からコンクリに混ぜる砂を調達したため、
建物の柱等には沢山の貝殻が埋まっています。
 

Re: 無題 Sow - 2006/06/23(Fri) 23:29 No.987

わかりました。詳しいお話でとても参考になりました。ありがとうございます。
良い物ができるよう、少しでも端島のことを伝えられるようにがんばります!

すてきな写真ですね。
こんなところにも、軍艦島のエピソードがつまってるんだと感動しました。

ここで、このような形で、軍艦島についてのお話ができて本当によかったです。

また来させていただきます。
ありがとうございました。

Re: 無題 管理人 - 2006/06/24(Sat) 07:34 No.995

▼Sowさんへ

頑張ってください!応援します!

この貝の話に限らず、細かい部分の隅々まで、エピソードに溢れた島だと思います。

なお、端島の過去については当サイトからリンクさせて頂いている、
『想像と記憶(端島・軍艦島)』
http://www1.cncm.ne.jp/〜m8512215/hasima/
をご覧になられてはいかがでしょうか。
管理人さんの渾身の収集による、
一般には閲覧出来ない貴重な写真が多数アップされています。

端島の未来については同様に当サイトからリンクさせて頂いている、
『軍艦島を世界遺産にする会』
http://www.gunkanjima-wh.com/
をご覧になってっはいかがでしょうか。
端島の最新情報と未来がわかると思います。
 
※『想像と記憶』のリンク表示がおかしいようでしたら、
当サイトのリンクページからご覧ください。
 

Re: 無題 Sow - 2006/06/26(Mon) 19:28 No.1028

ありがとうございます!
大丈夫です。ちゃんと行けました。
軍艦島は、たくさんの人を魅了しているんですね。
現在では廃れていく一方であるこの島が、なんだか切なく感じられます。

きっと良い物にします。
こんなに良くしていただいて、本当に嬉しいです。ありがとうございました!

Re: 無題 管理人 - 2006/06/27(Tue) 13:47 No.1032

▼Sowさんへ

わからないことあったら、いつでもどうぞ!

と言っても、当方もわからないことだらけですが。。。
 



懐かしいです 投稿者:KEN  投稿日:2006/06/21(Wed) 15:55 No.941

初めまして。私は今、広島に住む者です。
五島出身です。小学校の頃、端島から女の子が転校してきました。もちろんその頃は端島がどんな所かも知らなかったのですが、今思うと閉山の頃だったのでしょうね。
その後、学生時代を長崎で過ごし、海岸線をバイクで走らせながら左手に見る夕陽に染まる軍艦島は美しかったですね。
10数年前に「水のないプール」(だったかな?)で、軍艦島が出てきたときはびっくりしました。
あれから30数年。転校してきた彼女も46歳。
どこでなにしてるのかな?
ちょっとセピア色に染まってしまいました。
このHPは偶然発見しました。
また時々遊びにきます。


Re: 懐かしいです 管理人 - 2006/06/22(Thu) 02:38 No.947

▼KENさんへ

軍艦島オデッセイをご覧になって頂き、ありがとうございます。
そして甘酸っぱいお話もありがとうございます!

小学校の頃は、なぜか転校生というものに興味がわくものですね。
しかも端島から来た女の子となれば物語が浮かんできます。

映画は『水のないプール』ではなく、
同じ内田裕也氏の作品の『魚からダイオキシン』ではないでしょうか。
せっかく端島を使っておきながら、なかなか勿体ない使い方が印象に残る映画だと思います。

海岸線をバイクで走りながら観る夕日に染まる軍艦島、
いい光景ですね!

また遊びにいらしてください。

画像はイメージです。

ありがとうございました KEN - 2006/06/26(Mon) 12:00 No.1027

そうでした。内田裕也の「魚から。。。」でした。

ダイオキシン 管理人 - 2006/06/27(Tue) 13:45 No.1031

ですよね(^.^
 



高速カーフェリー端島沖航行中 投稿者:端島支所下っぱ用務員  投稿日:2006/06/18(Sun) 06:21 No.919

お世話になっております。
H9年4月に撮った写真です。
長崎港ー鹿児島串木野港を運航していた(現在は廃止)高速カーフェリーが端島沖を航行している時丁度撮りました。
一度、乗船した事がありますが船内で端島の説明アナウンスが流れていたのが思い出されます。3枚続けて貼ります。
                 おそまつでした。

Re: 高速カーフェリー端島沖航行中 端島支所下っぱ用務員 - 2006/06/18(Sun) 06:23 No.920

2枚目。少しずつ船が進んでいるのが見て取れると思います(当たり前!) 
実際はすごく早く進んでました。

Re: 高速カーフェリー端島沖航行中 端島支所下っぱ用務員 - 2006/06/18(Sun) 06:26 No.921

3枚目。ほんとこの時はかなりあせってピント合わせ手ブレしないように撮りました。でも一寸ブレてますかね・・・。

Re: 高速カーフェリー端島沖航行中 管理人 - 2006/06/19(Mon) 03:10 No.924

▼用務員さんへ

今日は高速フェリーのお話をありがとうございます。
端島の解説を聞いてみたかったです。
2号棟からの眺望でしょうか。
とても気持ちのいい眺めですね。
19号棟の屋上(左の建物)の奥に写る小屋の残骸が弓道場の的場だったことは、
『想像と記憶(端島・軍艦島)』の掲示板
http://bbs3.fc2.com/php/e.php/56653/
で教えて頂き、
また『軍艦島実測調査資料集』にも記述されていますが、
海に向かって矢を放つのは、気持ちのいいものだったのではないかと思います。

ところで『軍艦島実測調査資料集』のp646「3.日給社宅」沿革の右下のあたりに、
「この場所(後年閉鎖的に作り替えられた大廊下)には閉山時点、木造平屋の消防夫独身長屋が建っていた」
とありますが、これは実際にあったのでしょうか?
『実測〜』のp23にある閉山時の日給社宅と大廊下屋上の写真や解説にはどこにも触れていなく、
写真に写っているのは弓道場の射場と的場、屋上ペントハウス、そして開閉所だけです。
弓道場の的場の20号棟側隣に、
的場より小さな木造小屋らしきものが写っていますが、
とても長屋と呼べるサイズのものではないと思います。
この点に関して、用務員さんはどおお考えでしょうか?
 

Re: 高速カーフェリー端島沖航行中 端島支所下っぱ用務員 - 2006/06/25(Sun) 12:02 No.1014

お世話になっております。
お尋ねの木造平屋の消防夫独身長屋は、『実測〜』P24の写真64、65、66に写ってる日給社宅20号(6階建)屋上に増築されている木造平屋の事なんです。
何時頃建てられたのかは不明ですが・・。
『実測〜』P625の軍艦島年表、昭和12年の項に、「20号屋階に社立幼稚園設立」とあります。
日給社宅大廊下屋上ではなかったんです。
でもP646の日給社宅説明文を読むと、あたかも大廊下屋上付近に社立幼稚園が建てられてその後消防夫独身長屋が建ったみたいな具合に読んで取れますね。
しかしこの20号屋上にあった木造平屋長屋、実際消防夫が住んでいたのか端島出身方々に伺っても???の返事が多くいまいちはっきりした事は分かりません。
自分が撮ったH7年〜H9年の20号屋上近辺が写ってる写真を4枚貼りました。もうすでに木造長屋は崩れてしまって廃材と化していました。1枚目は13号教員住宅屋上から撮ったものです。   おそまつでした。

Re: 高速カーフェリー端島沖航行中 端島支所下っぱ用務員 - 2006/06/25(Sun) 12:05 No.1015

2枚目です。51号階段室の窓から撮りました。

Re: 高速カーフェリー端島沖航行中 端島支所下っぱ用務員 - 2006/06/25(Sun) 12:07 No.1016

3枚目です。同じく51号階段室の窓から撮ったものです。
手前の屋上は48号です。

Re: 高速カーフェリー端島沖航行中 端島支所下っぱ用務員 - 2006/06/25(Sun) 12:09 No.1017

4枚目。最後です。13号教員住宅屋上から撮りました。
                   おそまつでした。

Re: 高速カーフェリー端島沖航行中 管理人 - 2006/06/26(Mon) 07:50 No.1025

▼用務員さんへ

消防夫の長屋に関して御説明頂き、有り難うございます!
『実測〜』の記述に、あえて大廊下の上にあったように書いてあるのが、
なにか特別な意味があるかと思いましたが、
やはり20号棟の上のことだったんですね。
そして端島出身の方々も、閉山時に消防夫の長屋だったことに???ということから、
一つの仮説を考えてみました。

まず正式に消防夫の独身長屋と呼ばれていたら、
『実測〜』のP24の写真64、65、66の解説にも、
「消防夫長屋」と記述されるはずだと思いますが、
されていないところをみると、けっこう曖昧な情報だったんではないかと思います。
また20号棟の屋上は、
確か14号棟の下を通って2号棟へすぐに行ける構造だったような記憶があります。
そして2号棟の半地下には消防機具小屋があります。
これらから、
20号棟の屋上に住んでいた方は、
自治会的な枠の中での、防災や消防を担当されていた方々だったんではないでしょうか。
そして『実測〜』の記述があいまいなのも、
例えば「消防防災を担当した者が住んでいた」的な記述から、
消防夫独身長屋に変化していたせいではないでしょうか?

そんな事を考えてみましたが、
20号棟の屋上長屋を知っている方がいらっしゃたら、
すぐに解決する問題でもありますね。
 
それにしても『実測〜』の巻頭の閉山時の記録写真は、
いつみても発見があるので驚かされます。
 



本当に五十段! 投稿者:端島支所下っぱ用務員  投稿日:2006/06/25(Sun) 04:43 No.1012

お世話になっております。
H9年に撮った写真です。
新65号より撮った端島名物階段、五十段です。
(一番有名なのは地獄段ですね)
五十段って、あくまでも愛称で本当に五十段あるのか試しに上り下りして数えました。
マジで五十個、段があったのには笑いました!
途中、踊り場が一箇所しかないので結構キツいですよ。
                   おそまつでした。

Re: 本当に五十段! 管理人 - 2006/06/26(Mon) 07:14 No.1024

▼用務員さんへ

今週も貴重なお写真をありがとうございます!
なにが貴重かというと、
五十段もさることながら、
奥の鉱業所に写る四坑の捲の屋根が、
まだ綺麗に残っているように見えます。
ということはこの時はまだ、
捲の中が暗く、少しは創業時の感じに近かったんではないかな。
などと想像してしまいました。。。

横道にそれてすみません。
(ついつい鉱業所の方に目がいってしまうので…)

五十段ですね!
みなさん本当に五十段あるか確認されるようですが、
もともと名前のなかった階段が五十段あったので、
その名前がついたのではないかと想像します。
五十段、そして山道から65号棟へ繋がるブリッジと、
この場所は端島のなかで最も岩礁の迷宮感がある場所ですね。
 



はじめまして 投稿者:nakashima  投稿日:2006/06/22(Thu) 11:09 No.953

私はかれこれ4年間廃墟がずっと好きで、こちらのホームページにはじめて来たとき、トップの写真の美しさにため息が出るほどでした。フラッシュもとても美しいです!情報量もすごくて感動しました。何回か通っているのですが、何度見ても写真は美しくて、新鮮です。私はなぜか、廃墟に現実とは違う世界、崇高なものを見てしまいます。でも、現実にあった世界なんですよね。素敵な写真、情報をありがとうございます。また度々来たいと思います。

Re: はじめまして 管理人 - 2006/06/23(Fri) 01:30 No.966

▼nakashimaさんへ

いつも軍艦島オデッセイをご覧になっていただき、
本当にありがとうございますm(_ _)m

ウェブ上で見るには、あまりにも情報量が多すぎる作りかと思いますが、
これでもだいぶテキストを削ったほうなので、
お時間のあるときにでも、一カ所づつゆっくりご覧になって頂ければと思います。

廃墟は現実とは違う崇高な世界。

ととらえている人が、果たしてどれくらいいらっしゃるのかはわかりませんが、
例えば映画のことを考えると、
映画のジャンルは大きく分けて、
「ヒューマンドラマ」「ラブストーリー」「アクション」「SF」「コメディー」「ホラー・ミステリー」
の6種類かとおもいますが、
このうちの「SF」「ホラー・ミステリー」「アクション」の3ジャンルの映画の舞台の多くが廃墟だと思います。
それだけ廃墟という場所は非現実を造り出すのに最も適してるシチュエーションなんだと思います。
ただ、映画のなかに登場する廃墟は、はじめから作り物だと判っているので、
崇高だと感じる人は少ないと思います。

その点、実際の廃墟は、特にその歴史や規模が大きくなればなるほど、
廃墟になった時により崇高な輝きを放つ事を許されるんではないかと、
そんな事を思ったりします。
もちろんただの妄想かもしれませんが、
少なくとも廃墟を死の世界と切り捨てるよりは、
人生、楽しいかと思います。

又遊びにいらしてください。
お待ちしております。

画像は日本で最初に作られた鉄筋高層アパート、
30号棟の内部です。
 



はじめまして 投稿者:山口   投稿日:2006/06/21(Wed) 22:12 No.944

ちょうど8年ぐらい前に長崎に住んでいまして、よく野母崎に行く海岸線から軍艦島を眺めたものです。
 そのときは軍艦島にこんな歴史があるとは思いませんでした。
たまたま思い出したところで調べてみたらこんなすばらしいサイトがあるとは思いませんでした。
 端島には今の日本には無いパワーがあったと思います、そしてそれが役目を終え、今また元の自然に帰ろうとしているのですね。
私も一度この島に渡ってみたいとは思いますがやめたほうが良いでしょうね、故郷の方でも帰れないのに・・・今はそっと見守ってあげたほうが良いと思います。
このBGMを聞き、サイトを見ていると涙が出てきそうです。CDは出ないのでしょうか?
今度DVDも手に入れたいと思っています。ありがとうございました。また拝見させていただきます。

Re: はじめまして 管理人 - 2006/06/22(Thu) 03:00 No.948

▼山口さんへ

軍艦島オデッセイをご覧になって頂き、ありがとうございます!

長崎ご出身の方ですら、
端島をご存知ない方が沢山いらっしゃるのには驚かされます。
20世紀のうちは、歴史の闇の部分として語られることが少なかったせいかとも思いますが、
時の流れが、
端島や炭鉱を、そして日本を動かしてきた縁の下の力持ちを、
真っ正面から見る余裕を与えてくれるようになったんではないかとも思います。

BGMも聞いて頂き、有り難うございます。
CD化のお話は、以前にも何件か頂いておりますが、
実はアップしている音楽は、
自主制作版DVDの方でも使用してますので、
いざCD化となると、なにかと権利関係がややこしくなるので、
現状ではあきらめておりますが、
なにか方法はないか考えてみようと思います。

DVDのお話も、ありがとうございます。

是非また遊びにいらしてください。
お待ちしております。
 
画像は海沿いに防波堤の役割も兼用して建てられた、
31号棟という建物からの外海の眺望です。
 



無題 投稿者:ikeda   投稿日:2006/06/20(Tue) 23:21 No.933

私も一度でいいから、間近で見てみたいと思っております。

間近で見る方はありますか??

間近で見る方法 管理人 - 2006/06/21(Wed) 05:54 No.938

▼ikedaさんへ

数日前に書き込みを頂いたikedaさんでしょうか?

まじかで見るには、
今は沢山の軍艦島クルージングがあります。

http://www.little-snow.com/hasima/kurujing.html

2番目のマルベージャは大型客船で、
端島の解説もしてくれると思います。
また4番目の美津丸は、
「船長、お願〜い」と言うと、
近くまで行ってくれるかもしれません。
(船が大きいので満潮の時でないと近づけませんが)
あとは人数と料金でお決めになってはいかがでしょうか。

画像は島南部の堤防に残る、
日本初の海底水道の取り込み口です。
対岸の高浜から約6.5kmのパイプラインをひく大事業の末、
昭和32年(1957)に完成した海底水道を島内へ取り込んでいた穴ですが、
以前は行商船の船着き場でもありました。
クルージングで見る事ができます。
 



はじめまして。 投稿者:サクライ  投稿日:2006/06/20(Tue) 02:33 No.929

軍艦島をはじめて知ったのは高校生の頃でした。受験勉強が嫌になったときに図書館においてあった軍艦島の写真集をめくって、ここはいったいどんなところなんだろうとずっと思っていました。
そんな私も気づいたら社会人です。
不意と軍艦島のことが気になって検索してみたら、こんなにも素敵なサイトに出会うことができました。
当時ずっと不思議に思っていた『炭鉱』が漸く、実感としてわかるようになりました。
本当にありがとうございます。
高校の僅かな期間に読み耽っていた写真集は、ずっと夢のような遠くの存在でした。
数々の美しい写真を見させて頂くと、高校のときのようにやっぱりなんだか泣きたくなります。
あの時代を体感してはいませんが、あの時代を知ることができてとても嬉しく思います。

今はまだ写真を眺めつつ、いずれクルージングでその姿を目に焼き付けるのを楽しみにしたいと思います。
数々の写真、解説、全て興味深く拝見させて頂きました。
初めて知ったあのときから数年を経てこんな素敵なサイトに出会えて、とてもうれしいです!
本当に、ありがとうございました。

Re: はじめまして。 管理人 - 2006/06/21(Wed) 05:33 No.937

▼サクライさんへ

軍艦島オデッセイを細かくご覧になって頂き、
有り難うございます!

特に炭鉱に関してご覧になって頂いた様で、
管理人としては嬉しさ倍増でございます!

なんだか泣きたくなるお気持ち、
凄く良くわかります。
ひとえに国家単位の利権のためだけの犠牲になった炭鉱は、
特に働いていた人たちにとっては、
やるせなかったんではないかと思います。

時間とともに記憶から風化して行ってしまう炭鉱を、
少しでも形にして残せればと思い作らせて頂いたサイトです。
今思えば、端島に作らされたような感じがします。

こちらこそご覧になって頂き、ありがとうございます。
これからも宜しくお願い致します。

画像は56号棟、57号棟と呼ばれる、
張り出した廊下がきれいな建物です。
 



はじめまして 投稿者:sato  投稿日:2006/06/18(Sun) 14:37 No.922

こんにちは。軍艦島に興味を持ち、いろいろと調べている大学生です。現在軍艦島への上陸は禁止されているとわかっていながら、どうしても上陸したいという思いがあります。禁止されたのはいつからなんでしょうか。また、管理人さんが最後に訪れたのはいつなのでしょうか。既にこのホームページのどこかに書いてあることだったらすみません…。

Re: はじめまして 管理人 - 2006/06/19(Mon) 03:28 No.925

▼satoさんへ

サイトをご覧になって頂き、有り難うございます。

上陸に関してですが、
禁止されたのはおそらく1974年の閉山の時からだと思います。
ただ、以前ある程度規制が厳しくなかった時期があったというだけだと思います。
ですので、残念ですが上陸した時の詳しいお話を、
<掲示板>という場所にアップする事はできませんので、
ご了承くださいm(_ _)m

画像は野母崎から昇る朝日を浴びる明け方の端島です。

Re: はじめまして sato - 2006/06/19(Mon) 22:42 No.928

こんばんは。
質問に答えていただきありがとうございます。写真もとても綺麗です。細かいところに頭が回らなくてすみません。
もしよろしかったら、メールをいただけませんでしょうか。不躾ですみません。無理なら無理で構いませんので。

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