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◆◆ 特別企画スタート! ◆◆ 投稿者:管理人  投稿日:2006/06/17(Sat) 06:45 No.915

当BBSにいつも貴重な写真とコメントを頂く、
端島支所下っぱ用務員さんこと 'lon-sin' の専用ページを、
オープロジェクトのメインサイト『廃墟賛歌』に作らせて頂きました。
時間とともに過去の記事に埋没して行ってしまう掲示板のままにしておくのは、
とてももったいないと思っての特別企画です。

lon-sinさんの『あまり知られていない軍艦島』と題して、
不定期ですが、雑誌的に回を重ねてご覧になれるようにアップして行く予定です。

lon-sinさんならではの細かな観察や、
ネットではあまり見ることのできない、
まだ木造の建物が沢山残っていたころの写真など、
より詳しく軍艦島をお知りになりたい方は、
どうぞご覧になってください。

↓このページの下欄のサムネイルをクリックしてご覧になれます。
http://www.gunkanjima.ne2.jp/Gunkanjima-03.htm
 



興味深々 投稿者:sugooi  投稿日:2006/06/13(Tue) 14:32 No.900

はじめまして、
最近、遠くから軍艦島のカタチを野母崎方面にドライブ中に拝見しまして、長崎県人ながらその存在すら知らず、何かな?とヒジョーに興味をもちまして、調べてみたら軍艦島とまたまた、キョーミを引くネーミング!
しかも
軍艦島のこんなに詳しいホームページがあるなんて
はじめて知りました。
さて、疑問なのですが
どうして、上陸はできないのですか?
安全面からですか?
実際目で見て体験すると得られるものが大きいのではとおもうのですが、、、その時代の背景とか、、、
また、クルージングするだけでも感動はあるのですか?また、資料館みたいなのはあるのですか?

Re: 興味深々 管理人 - 2006/06/13(Tue) 21:36 No.904

▼sugooiさんへ

はじめまして。軍艦島オデッセイをご覧になって頂き、ありがとうございます。

■上陸禁止についてですが、三菱は勿論、高島にも長崎市にも直接理由を聞いたことはないので正確にはわかりませんが、
例えば街の中にある使われていない建物や工場跡の敷地等を、
そのまま解放していないのと基本的には同じかと思います。
それに加えてご指摘の安全面もあると思います。
実際、目の前で天井からコンクリの梁がどっさり落ちるのを見たことがありますし、
廊下の床が落ちているのも見たことがあります。
現状では建物と建物をつなぐブリッジや張り出し廊下など、
沢山の人が一度に乗ったら明らかに崩れるんではないかと思える場所が沢山ありますから。

■クルージングするだけでも感動できると思います。
思えば端島で一番印象深く残っているのは、
やはり一番最初に、海上に浮かぶ巨大要塞のような島に徐々に近づいていった時のことです。
なんといっても全体像が見られるのはクルージングだと思います。

■それから資料館ですが、
野母崎の運動公園や水仙公園のすぐ近くに『軍艦島資料館』がありあります。
住所:長崎市野母町 568-1
電話:095-893-0950
地図:
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=32.35.23.238&el=129.45.51.152&la=1&sc=4&CE.x=251&CE.y=254
中央付近に野母崎文化センターと表示されていると思いますが。
その道を挟んで向かい側、野母崎物産センターの隣です。
入場無料で毎日開館しています。
もし資料館に人がいないようでしたら、
隣の物産センターを訪ねてみてください。

操業時の写真多数、島内にあった品、模型等が展示されています。
T-shirtsやポストカード、DVDの販売もしています。
是非行かれてみてはいかがでしょうか。
館内の様子
http://www.gunkanjima-wh.com/siryoukann.htm

また高島には、港の近くに『石炭資料館』があります。
前庭にある巨大な端島の模型の他、
館内には端島に限らず高島や他の三菱の炭鉱の、
操業時の写真や実際に使われていた道具など多数が展示されています。
こちらも併せてご覧になってみてはいかがでしょうか。

画像は軍艦島資料館からの端島遠望です。
 



はじめまして 投稿者:ikeda   投稿日:2006/06/12(Mon) 21:21 No.888

はじめまして!
たまたまテレビを見ていて軍艦島の存在を知りました。

こちらのHPもよく見させていただいております。

ところで質問なんですが、現在は、軍艦島に上陸する
ことは不可能なのでしょうか??

Re: はじめまして 管理人 - 2006/06/13(Tue) 01:59 No.895

▼ikedaさんへ

いつも軍艦島オデッセイをご覧になって頂き、ありがとうございます!

インデックスのCAUTIONにも掲載していますが、残念ながら現在端島は上陸禁止です。

ただ長崎市は少しづつ上陸の可能性を探っているみたいで、
最近の調査結果と上陸予算案に対して、

”市幹部は「百億円以上を使い保存するのは財政的に無理だが、島の護岸や桟橋、通路を整備し、上陸した観光客が高台から島の全景を眺められるようにすることは現実的ではないか」と指摘。「報告書はこの整備費を約十七億円と試算しており、合併特例債の活用などを国と協議していきたい」と話している。”(西日本新聞 12/28朝刊)

ということなので、近々、一部ながら上陸が可能な日も近づいているのではないかと思います。

せっかくここまで残ってきた、手の加えられていない貴重な近代遺産なので、
ぜひとも多くの人が見て感じる事が出きるようになってくれればいいなと思います。



通路 投稿者:doutoku  投稿日:2006/06/12(Mon) 16:44 No.884

昭和49年11月の桟橋から学校へ抜ける通路です
学校近くになると記憶はあいまいですが通路との仕切りがなくなっていたような気がします。

Re: 通路 管理人 - 2006/06/13(Tue) 01:58 No.894

▼doutokuさんへ

鉱業所の堤防沿いにあった人道のこともアップして頂きありがとうございます。
積込コンベアがまだ多少残っていますね!

BBSのいくつか前の超問さんからの書き込みで、
新積込桟橋以降のルートは教わりましたが、
堤防沿いのようにしっかり区切られた感じではなかった様子ですね。
ところで、この鉱業所堤防沿いの道には、山道や人道トンネルのように、
なにか名前がついていたのでしょうか。

添付画像は特に鉱業所の堤防通りを狙って撮影したものではありませんが、
画像左側に、積込桟橋の下を通っている溝の状態がわかるものだったのでアップしました。
 



温室 投稿者:doutoku  投稿日:2006/06/12(Mon) 16:45 No.885

閉山後半年くらいで今のような状態にしていたのかもしれませんね。トラックが何台か入って撤収作業をしている写真もあります。


次の写真は山道にあった温室です
この日はちょうど第24回長崎での国体の来賓としてこられた皇太子(今の天皇)が船でこられ山道から国旗を振ったのを思い出します。そのときの山道を帰る人々の写真です。
皇太子は島への上陸はされておりません。


Re: 温室 管理人 - 2006/06/13(Tue) 00:16 No.891

▼doutokuさんへ

昭和44年の僥倖の時の写真でしょうか。
温室がしっかりと写ってますね!
元画像のサイズが小さいのでよくみれないのが残念です。

皇太子ご夫妻の僥倖の時の事は、
当サイト「about Gunkanjima / ナノシティ/ 公共施設」
http://www.gunkanjima-odyssey.com/GS22-08-02.htm
の、役場のところでアップしていますが、
放送文だけでしたので、
その元の原稿を添付しました。
一島皆家族的な島という認識が強かったので、
意外に敬語が使われているのが驚きでした。
 



潜水夫 投稿者:doutoku  投稿日:2006/06/12(Mon) 16:45 No.886

次の写真は後桟橋落成時期にとられた写真です
潜水夫が3人写っています
これらは超問サンの出番かも知れませんね(笑)

Re: 潜水夫 管理人 - 2006/06/13(Tue) 00:11 No.890

▼doutokuさんへ

貴重な写真をありがとうございます!
桟橋が完成した頃の潜水夫の人たちということですが、
この人たちは何のために潜水していたんでしょうか?
しかもそうとう重装備ですが、端島の周りに潜るのに、
こんなに装備を固める理由がわかりませんでした。
 



原炭ポケットについて その1 投稿者:管理人  投稿日:2006/06/12(Mon) 04:02 No.882

端島炭鉱の「鉱場区域内建物名称配置図」の図面をみると、
選炭機の隣に「原炭ポケット(漏斗状の形をした掘り出されたばかりの石炭を蓄えておく貯蔵所のような場所)」
という表記があります。
この図面は『軍艦島実測調査資料集』(東京電気大学刊)のp574に掲載されていますので、
お持ちの方はご覧下さい。またお持ちでない方は当サイトの端島鳥瞰図をご覧下さい。
http://www.gunkanjima-odyssey.com/GS23-03.htm
のNo.135の位置。添付画像の上の図はその近辺を拡大したものです。
(添付画像はクリックすると別ウインドウで大きくみられます)

そして添付画像の下は鉱業所に現存するポケット状の構造物ですが、
このポケット状の構造物がある場所は図面の原炭ポケットの場所ではなく、
二坑桟橋の入坑口付近にあります。(添付画像参照)

端島は海上炭鉱なので、製品炭を列車に積んで出荷することはありません。
つまりこの漏斗状のものがホッパー(製品炭を出荷用の貨車に積み込む漏斗状の装置)でないことは確かです。
また二坑桟橋の入坑口は当然第二竪坑に近く、地底から荷揚げされた石炭を蓄える場所としても適しているので、
この構造物が原炭ポケットと考えるのが妥当だと思います。
むしろ鉱場区域内建物名称配置図の図面に示された原炭ポケットは、
石炭の流れから考えて「原炭」すなわち掘り出されたばかりの石炭を貯蔵するには、
ちょっと無理がある位置にあるように思えますが、
なぜそこに原炭ポケットの表記があるのか、ずっとその点が謎でした。

このサイトを立ち上げる際に調べた冊子の中に『三菱炭鉱技術』(三菱鉱業株式会社編)というものがあります。
http://www.gunkanjima-odyssey.com/GS22-12.htm
この第7巻の第3号 (昭和33年6月) の「端島坑微粉回収について」の記事の資料として掲載された、
端島坑選炭工場系統図に「坑口原炭ポケット」と「水選原炭ポケット」の文字が記されています。
つまり端島には2つの原炭ポケットがあったことになります。
鉱場区域内建物名称配置図の図面にある原炭ポケットの位置は、ちょうど水洗機ブロワー室のすぐ横にあたります。
水洗機ブロワー室というのは石炭塊に付着した粉炭を水圧で落とし、
良質な粉炭を回収するための最初の行程の装置がある場所で、
図面に書かれた方の原炭ポケットとは、この水洗して選別するための原炭、
つまり水選原炭ポケットがあったと考えるのが妥当かと思います。
同時に現存する添付画像下の方のポケットは、その場所から坑口原炭ポケットということになるのではないでしょうか。

当サイトではこの結果をなにげにDATA&MAPのページに記していますが、
あえて掲示板でその根拠を書いておく必要があるかと思いアップしました。
 

原炭ポケットについて その2 管理人 - 2006/06/12(Mon) 04:06 No.883

ちなみに端島坑選炭工場系統図には、
坑口原炭ポケットの台数が3基(コンクリ製2基、鋼鉄製1基)、
水選原炭ポケットは鉄骨板張のものが1基と記されています。
現在の端島の鉱業所は、殆どの施設が崩壊していますが、
その中に当時の施設の一部と思われるモノがたまに残っています。
画像は選炭機があったとおもわれる場所のすぐ近くにあった、
鉄板製の漏斗状の構造物ですが、
その形からポケットの一部だとはわかるものの、
これが坑口原炭ポケットのものか水選原炭ポケットのものか、
また原炭ポケットとは関係なく、
トンネルコンベア等の為の漏斗状構造物なのかは、定かではありません。
どなたかご存じの方がいらっしゃったら、教えて頂ければと思います。

ネット上ではその住宅棟の話が多く取り上げられがちな端島ですが、
当サイトはそういった驚きの住宅棟を生み出す原因となった、
端島の炭鉱に関してすこしでもお伝えできればと思い、
about GUNKANJIMA のコーナーは敢えて炭鉱の話を先頭に持ってきました。
当サイトをご覧になった方で、「ギャラリー」や「昭和のタイムカプセル」は見たけど、
「黒ダイヤのトンネル」はまだだ、という方は、
ちょっと専門用語とかも多めですが是非ご覧になってみてください。
そしておかしな点とかございましたらご指摘頂ければと思います。
あくまでもこのサイトが炭鉱へ目を向けて頂く、
一つの切っ掛けになればと思っていますので。
 



相互リンク 投稿者:山田  投稿日:2006/06/11(Sun) 19:52 No.881

始めまして、いつもサイトを楽しく拝見しております。

この度、ファンサイトを紹介するサイトを作り(http://www.geocities.jp/my_sky001/)、そのサイトで貴方のサイトを紹介させて頂きたいのですかよろしいでしょうか?お互いのアクセス数UPにも良いと思います。いいお返事をお待ちしています。
メールにてお返事お待ちしています。



端島護岸上釣人 投稿者:端島支所下っぱ用務員  投稿日:2006/06/11(Sun) 04:32 No.877

お世話になっております。
H9年6月に撮った写真です。
66号(啓明寮)の屋上から撮った護岸上で釣りを楽しむ方々です。病院隔離病棟裏の護岸が修復される以前ですね。
              おそまつでした。

Re: 端島護岸上釣人 端島支所下っぱ用務員 - 2006/06/11(Sun) 04:36 No.878

2枚目です。
上の写真と同じく護岸上で釣りを楽しむかたです。
この写真だけ見ると今にも崩れそうなコワイ画像ですね!
                   おそまつでした。




Re: 端島護岸上釣人 管理人 - 2006/06/11(Sun) 06:50 No.880

▼用務員さんへ

今日は2連発、ありがとうございます!
2枚目は、かなり絶妙というか、微妙というか(^^;
見た目と違って以外と頑丈なのが端島ですが、
やはり写真でみると、凄く危ない印象ですね。
 



端島神社手摺及び石灯籠 投稿者:端島支所下っぱ用務員  投稿日:2006/06/11(Sun) 04:06 No.876

お世話になっております。
端島神社の手摺と石灯籠です。
手摺の部分の曲線がとても上品で施工者の意匠の高さが感じられます。
今見てもけっして見劣りのしない立派な石灯籠と手摺です。  おそまつでした。

Re: 端島神社手摺及び石灯籠 管理人 - 2006/06/11(Sun) 06:47 No.879

▼用務員さんへ

今日は端島神社ですね!ありがとうございます。
手摺りの曲線、綺麗ですね!
それからこの灯籠ですが、
いつも不思議な形だと思うのは私だけでしょうか。
裾広がりだったり、
間やてっぺんに乗っている石(正確な部所名はわかりません)がきっちり削られていなかったりで、
ラフな印象を受けます。

本殿はなくなってしまいましたが、
それ以外のものは結構残っているので、
このまま残ってくれるといいと思います。

ところで画像は階段を登りきったところのものですが、
柱に十字のデザインがあります。
初めてこれを見たときは、
てっきり隠れキリシタンの名残かと興奮しましたが、
『想像と記憶 端島・軍艦島』の掲示板でお尋ねしたところ、
あっさり<ほぞ>の意匠化だという回答を頂いてがっかりした覚えがあります。(汗
『想像と記憶』の管理人さんではないですが、
どうやら私も妄想が進行している気がします(笑
もっとも『想像と記憶』の管理人さんは、
私とは違って、的確な妄想をされているようですが。

神社のほぞは別として、
以前に用務員さんから書き込みを頂いた、
病院裏の霊安所にあったと思われる十字のくり抜きが、
クリスチャンと何らかの関わりがあったとすれば、
また新たなストーリーが生まれるのではないかと思いました。
 

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