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▼羽澄不一さんへ 投稿者:管理人  投稿日:2009/07/07(Tue) 05:13 No.4409

スレッドの書き込みが多くなり、
1ページの表示量が長くなりすぎましたので、
スレッドを変えさせて頂きました。

まず端島での携帯電話の通じ具合ですが、
基本的には通じます。
ただビルの谷間、特にビル内に入ると通じにくかったり、
全く通じない場所もあります。

次に端島の採炭法ですが、
おっしゃる通り年代によって変化していきます。
細かなことはとても書ききれませんが、
大きく分けて大正中期までは「残柱式」と呼ばれる採炭法、
昭和39年までは「長壁式」と呼ばれる採炭法、
そして採炭区域が変わった昭和40年から閉山までは、
「空気充填式」と呼ばれる採炭法が行われたとあります。
その昔は鶴嘴により、また後年はコールピックと呼ばれる、
いわゆる道路工事などでアスファルトを砕くときに使う道具の、
原型のような機械で採掘をしていたようですが、
これは炭層の構造上、機械化が難しかったためだそうです。
端島に採炭機械が本格的に導入されたのは昭和40年以降で、
これは他三菱系の炭鉱ではかなり後発になります。
詳細は羽澄さんもおっしゃる通り『高島炭鉱史』に掲載されていますし、
同様に三菱発行の『三菱鉱業社史』にも掲載されています。

また、朝鮮の人たちの居住場所に関しては、
長崎市の「岡まさはる記念館」に残る経験者の方の手記によると、
閉山時の39号棟〜48号棟付近にかつてあった木造の建物に住んでいた、
という記述があります。

最後に『「甘え」の構造』はちゃんと読んでもいませんが、
土居健郎さんのご冥福をお祈りいたします。

右肘の怪我は、はやく治られるといいですね。



お邪魔します。 投稿者:羽澄不一  投稿日:2009/05/13(Wed) 10:42 No.4276

「軍艦島全景」拝見しました。
赤川次郎の小説では、軍艦島の労使対立がテーマになっていますが、軍艦島閉鎖は組合側の提案ですか?
いろいろ資料を読み漁っています。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/05/13(Wed) 15:45 No.4277

▼羽澄不一さんへ

『軍艦島全景』をご覧になっていただき、まことにありがとうごじあます。

端島炭鉱の閉山に関して、労働組合が音頭をとったというお話は、
ずっと労働組合の記録をされていた方から伺いました。
『軍艦島全景』にも書いてありますが、
坑区拡張による費用対効果の低下を憂慮した労組が、
技術力が高い端島鉱員を、
売り手市場のうちに再就職させようと考えた結果だそうです。
そしてそれが実現できたのは、
ひとえに一島一家族的な繋がりがあったからこそ、
幾度にもわたる親密な話し合いを持てたからだそうです。

ちなみに昭和44年 (1969) 、島内に閉山の噂が流れたそうですが、
会社はこれを全面否定し、情報をリークした人がクビになる、
といった出来事があったそうです。

昭和39年 (1964) の坑内事故の時には約2,000人が離島し、
島民は約3,000人になりますが、
その後3,700〜3,800人くらいで安定していました。
しかしこの噂が流れた昭和44年前後に約700〜800人が離島してます。
噂(実は本当)のせいで、
島民の離島に拍車がかかったのだと思います。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/05/16(Sat) 18:44 No.4282

ご返事有難うございます。
無人になった後も軍艦島にはしばらく猫がいたようですが、今はどうなっているのか、気になります。
後は炭鉱の地下抗道とか、戦争中の朝鮮人&中国人労働とか、遊廓とか、現在の船着場はどこかとか、いろいろ資料を探しているところです。
島にも一度行ってみたいですが、私は愛知県なので、ちょっと遠いですね。
なかなか実現しません。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/05/17(Sun) 08:54 No.4283

▼羽澄不一さんへ

閉山後は置き去りにされた猫がたくさんいたんではないかと思います。
また閉山後も、時に猫はいましたが、
これは生き延びた猫たちではなく、
別の島から連れてこられた捨て猫だったと聞きました。
ただ閉山後いたのこ達も捨てられた猫達も、
食べ物がないので、生き延びる事は出来なかったと思います。
かわいそうですね。

地下坑道に関しては当サイト
軍艦島概説 / 黒ダイヤのトンネル / 坑道
http://www.gunkanjima-odyssey.com/GS22-01-03.htm

遊郭に関しては当BBS
記事 No.4141 在りし日の南部地域(今日付で過去記事[4]のトップ)

現在の船着場は操業時もメインの船着場だったドルフィン桟橋で、
軍艦島概説 / 海の道 / 一般桟橋
http://www.gunkanjima-odyssey.com/GS22-03-02.htm

に記載してありますのご参照ください。

また戦中の朝鮮人や中国人の労働に関しては、
とてもここでは書ききれない事だと思いますが、
当時の軍の考え方としては、
同じ国とした朝鮮と敵国の中国の人達にたいする扱いは、
全然ちがうものだったんではないでしょうか。
遊郭の話で触れてもいるように、
島内には朝鮮人の遊郭はあっても中国人の遊郭はなかったかとからも、
わかると思います。

4/22からはじまった一般公開で見学できるのは島のほんの一部ですが、
それでも実際に島に立ってみるのとそうでないのでは、
大きな違いがあると思います。
ぜひとも行かれる事をお薦めします。
 
画像はかつて島内にいた猫。
全く人には慣れていない猫でした。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/05/21(Thu) 10:41 No.4292

資料をお教え頂き有難うございます。
阿久井さんの本は読みました。
東海地方で講演があれば、一度行ってみたいですね。
軍艦島に無断で上陸する釣り人たちは、ドルフィン桟橋だけではなく、小学校近くの船着場からも上陸しているんじゃないでしょうか?
内田康夫著「棄霊島」を読みました。
拉致問題などについては、納得が出来ない記述がありましたが、それは本題に関係ありませんから、横へ置いときます。
書き出しは「砂の器」を連想させます。
気にかかったのは、軍艦島に駐在が常駐していなかったのかな? という点。
それから台風が近付いて船が欠航する荒天で、ヘリコプターが発着出来たのかという点です。
これからも、軍艦島関係の資料はどんどん読破するつもりです。
机上の旅行というところですか(笑)。
いろいろ教えていただいて、感謝します。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/05/24(Sun) 11:20 No.4293

▼羽澄不一さんへ

東海地方にお住まいですか。
今は軍艦島のイベントは東京や長崎が中心ですが、
もっと知名度があがれば、各地でイベントも行われるんではないかと思います。

学校の横の入島口は以前メディア公開取材の時等にも使われていた場所ですね。
釣り場はドルフィン桟橋や学校の横以外にも、
堤防のいろいろな所にあるので、
釣り人は思い思いの場所で釣っていたと思いますが、
最近も釣り人が上陸しているのかどうかはわかりまえせん。

駐在は、遥か以前のことはわかりませんが、
戦後とかは2人常駐していました。
このことは当サイト『軍艦島概説/ナノシティ/公共施設』
http://www.gunkanjima-odyssey.com/GS22-08-02.htm
にもアップしてあります。
※当サイト『軍艦島概説』およびビジュアル書籍『軍艦島全景』を全てご覧になって頂くと、
基本的な疑問はだいたい解決すると思います。

学校のグランドはヘリコプターが発着できる広さがあると思いますが、
実際に発着した事があるかどうかは聞いた事がありません。

その他当サイト『軍艦島概説/参考文献一覧』
http://www.gunkanjima-odyssey.com/GS22-12.htm
に掲載した書籍をご覧になると、相当端島のことは解るのではないかと思います。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/05/25(Mon) 07:28 No.4301

有難うございます。紹介して頂いた「軍艦島〜失われた時を求めて〜」は、まだ読んでいないので探します。
他にも幾つか軍艦島を舞台にした小説があるようなので、読んでみるつもりです。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/05/27(Wed) 10:43 No.4303

家のビデオが壊れているので、現在書籍で軍艦島関係資料を探しています。
ご紹介頂いた「軍艦島〜失われた時を求めて〜」は軍艦島を世界遺産にする会から出されているようですね?
一度コンタクトを取ってみるつもりです。
恩田陸「PUZZLE」は軍艦島がモデルという事で読んでみました。
これから皆川博子「聖女の島」を読むつもりです。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/05/28(Thu) 03:20 No.4304

軍艦島を世界遺産にする会発行の『軍艦島 失われた時を求めて…』は、
すでに完売して絶版と聞いていますが、
まだ在庫があるといいですね。

恩田陸「PUZZLE」、皆川博子「聖女の島」、内田康夫「棄霊島」、
そして村上龍「コインロッカー・ベービーズ」と、
端島を舞台にした小説はけっこうありますが、
島を知れば知るほど、フィクションは難しくなるのかも知れないとも思いました。
「事実は小説より奇なり」という言葉もありますが、
この島は事実そのものがまるで小説を読む様な島だと思いました。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/05/28(Thu) 06:45 No.4305

皆川博子「聖女の島」は読みました。
「コインロッカー・ベービーズ」も読んでみる事にします。
軍艦島を世界遺産にする会には電話をしましたが、「軍艦島〜失われた時を求めて〜」は品切れという事でした。
現在探しているのは、この掲示板で紹介して頂いたような同書の炭坑見取り図ですが、軍艦島を世界遺産にする会によれば、そのようなもので詳しい資料は刊行されていないという事で、がっかりです。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/05/29(Fri) 08:08 No.4306

『軍艦島 失われた時を求めて…』は売り切れでしたか。
残念ですね。
炭坑見取り図というのは、当サイト掲載のMAP&DATA
http://www.gunkanjima-odyssey.com/GS23-03.htm
のようなものでしょうか。
これでしたら世に出回っているいくつかの書籍のデータを総合し、
更に実際に島内を見学し、
既存の見取り図に掲載されていない施設なども、
炭鉱でお仕事をされていた方のお話などを参考に追加したものですので、
参照頂ければと思います。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/05/30(Sat) 10:40 No.4307

軍艦島を舞台にした高橋治「別れてのちの恋歌」と佐木隆三「日本漂民物語」を読みました。
「日本漂民物語」は資料的価値があるようですね。
私の探しているのは、ここでご紹介頂いた「軍艦島概説/黒ダイヤのトンネル/坑道」を詳しくしたような図面ですね。
どこかにあればいいんですが……。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/05/30(Sat) 10:48 No.4308

ご紹介頂いた端島坑断面図のように、地下炭鉱の深さや路線(?)、坑夫の移動手段などが分かるように、様々な角度から描かれた図面があるといいのですが?

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/05/30(Sat) 14:01 No.4309

ひょっとしたら、「高島炭礦史」とか、「炭坑誌 長崎県石炭史年表」などに載っている可能性があるかもしれないと思いますが、見る事は出来ないでしょうね……。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/05/30(Sat) 14:09 No.4310

「端島坑外図1000分の1」という資料もあるようです。
しかし、地下坑道図面があるかどうか分からないし、見る事は出来ないでしょうね?

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/01(Mon) 06:53 No.4311

「記憶の『軍艦島』」、「崩れゆく記憶」、「コインロッカー・ベイビーズ」を読みました。
まだまだ読みます。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/06/02(Tue) 21:21 No.4312

▼羽澄不一さんへ

すごいスピードでお読みになってますね。
高橋治「別れてのちの恋歌」と佐木隆三「日本漂民物語」は、
全然知りませんでした。今度読んでみようと思います。

また『高島炭礦史』『三菱鉱業社史』などは国会図書館などで閲覧可能です。
『炭坑誌 長崎県石炭史年表』はまだ現行商品ではなかったでしょうか?
もちろん高島の石炭資料館には、これらの書籍は全てあります。

また添付画像は昭和20年代後半の端島坑外図ですが、
閉山時とはずいぶん違う島の様子が分かります。
これら一般的にあまり出回っていない資料は、
長崎の長崎歴史文化博物館などに多数所蔵されています。

また九州大学にも数多くの原版的な資料も眠っています。
図書館にある目録から見当をつけて申し込むと閲覧できると思います。

このサイトを制作するときにも思いましたが、
資料集めはひとえに足と時間をかけることだと思います。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/03(Wed) 10:53 No.4313

ご回答有難うございます。
管理人さんもこの件について、詳しい資料はお持ちじゃないですか。
私はこれから、「死者への手紙」を読もうと思っています。
私はこれまで国会図書館には自著を納付していましたが、日本政府の私に対する人権犯罪に抗議して、現在は止めております。
また、長崎県と市図書館についても、私への人権犯罪がありますので、接触を断っています。
九州大学についてはこれまで、特にトラブルはありませんが、国立大学なので、ちょっと敬遠しているところです。
村上龍や長崎市の青木有一とは論争して勝ちました。
ただ、これは私の個人的な事情なので、ここでは詳述しません。
ここ当分は、手間かけて資料漁りをするつもりですので、宜しくお願いします。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/06/03(Wed) 15:13 No.4314

▼羽澄不一さんへ

なんか大変なご事情がおありのようですが、
いい資料がみつかるといいですね。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/04(Thu) 10:47 No.4315

私の問題については、長崎市長が首相官邸に行き、以前漁船を沈没させて、謝罪したと言っているようですが、見当違いの行動ですね。
そ・れ・は・と・も・か・く、「死者への手紙」を読みました。
これは私がこれまで読んだ軍艦島を舞台にした小説よりも、ずっと面白いですね。
端島地下坑道見取り図があればいいですが、無ければ無いで、何とかします。
端島などの地下坑道に坑夫が入る時、まずエレベーターに乗って地下へ行き、それからトロッコ列車みたいな物に乗り、後は徒歩で現場に行くといった所でしょうか? 採掘した石炭は別にベルトコンベアーのような物で運ぶんですかね?
今、色々な本を読んで、調べています。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/05(Fri) 12:26 No.4316

現在、あちこちに問い合わせて、資料を調べています。
野母崎町の軍艦島資料館は、ネットでは電話番号095−851−0505となっていましたが、現在使用されていないとのこと。
訂正しておいて欲しかったですね。
野母崎町で高島町役場の連絡先を教えてもらって、問い合わせたところ、返事を頂きました。しかし、そこは長崎市役所でした。
ともあれ、長崎市にも資料がないとのこと。
調べて下さった係の方は、軍艦島オデッセイのネットも見たと言ってましたよ。
長崎商工会に電話しましたが、電話に誰も出ず。
現在、他のルートで資料があるかどうか調べています。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/06/05(Fri) 14:10 No.4317

▼羽澄不一さんへ

> 端島などの地下坑道に坑夫が入る時、まずエレベーターに乗って地下へ行き、それからトロッコ列車みたいな物に乗り、後は徒歩で現場に行くといった所でしょうか? 採掘した石炭は別にベルトコンベアーのような物で運ぶんですかね?

最後の頃はおおむねこういった流れで作業をしていたと思います。
エレベーターはケージ、
トロッコ列車は人を乗せるものは人車、石炭を運搬するものは炭車と呼ばれていました。
また最後の頃は炭層が広く傾斜がきわめて緩い地層を掘っていたので、
堀進みから採掘、そしてベルトコンベアへ乗せるまでの作業を一貫して行う
大型の機械の導入などもされていたようです。

私もごく初期の頃、長崎市に資料の問い合わせをしたことがありますが、
やはり全くないと言っていました。

高島の石炭資料館には当時の機材なども展示されているので、
ぜひいかれることをおすすめいたします。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/06(Sat) 11:30 No.4321

ご回答有難うございます。
上野英信「追われゆく坑夫たち」を読みました。
同書や林えいだいの本を読みますと、戦後端島炭鉱の坑夫たちが高給取りだった話とは対照的で、興味深く読んでいます。
ところで、炭鉱の坑夫の一般的な仕事や使用道具などを紹介した、総合的な知識のつく書籍をご存知ありませんか?

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/07(Sun) 10:50 No.4323

前川雅夫「炭坑誌」(端島地下坑道路線図もありましたが、この掲示板で紹介して頂いた図より、簡略でした)、山本作兵衛「筑豊炭坑絵物語」、武富&林「異郷の炭鉱」、「炭鉱」北海道新聞社、「強制連行された朝鮮人の証言」を読了しました。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/06/08(Mon) 01:04 No.4324

▼羽澄不一さんへ

猛スピードで読まれていますね。見習いたいものです。
> 炭鉱の坑夫の一般的な仕事や使用道具などを紹介した、総合的な知識のつく書籍
ということですが、
既にご覧にになったかもしれませんが、
『赤瀬側原平セレクション 岩波写真文庫 石炭』
www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000282042/jugem-22
は現行で手に入り、廉価で、しかも基本的な仕組みが全て分かり、端島のことも掲載されている、
良書ではないかと思います。

山本作兵衛や『炭鉱...盛衰の記憶』もご覧になったのですね。いいですね。

三木健氏の西表関連の書籍は、
国内最南端の炭鉱にあった想像もつかない悲しい歴史を教えてもらい、
記憶に残っています。

また『1972 青春 軍艦島』大橋弘は、端島の中で、組で仕事をした写真家の放浪記です。
証言者がきわめて少ない組の話を知ることが出来る、
貴重な書籍だと思います。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/08(Mon) 06:57 No.4326

ご回答有難うございます。
千葉県でトークショーですか……、遠くて行けないのが残念です。
「強制連行された朝鮮人の証言」読みました。
ここには軍艦島が出て来ます。
お教え頂いた写真文庫は読んでみます。
「1972 青春 軍艦島」はひょっとしたら、読んだかもしれませんので、確認します。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/10(Wed) 15:48 No.4329

新宿でのトークセッション、成功するといいですね。
「1972 青春 軍艦島」はすでに読んでいました。
三菱が出した「高島炭礦史」には端島坑内図が出ていましたが、不十分ですね。
この本に出ていた高島坑内図くらい詳細ならいいんですけど……。
原田正純「炭じん爆発」、「職業教室 第一集」、高木尚雄「わが三池炭鉱」は読みました。
赤瀬川原平「石炭」はこれから読むつもりです。
「端島坑外図千分の一」は見つかりません。
ただし、坑内図はないかもしれませんけど。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/06/10(Wed) 16:19 No.4330

▼羽澄不一さんへ
いくつかの資料でいくつかの坑内図は見たことがありますが、
果たして羽澄不一さんの意にかなうものかはわかりません。
ご存知の様に坑外は基本的に平坦地なので、
図面としても表しやすいと思いますが、
坑内は縦横上下無尽に広がっているので、
現代のように3DCGでも発達していれば別でしょうが、
当時は書き表すのがきわめて難しかったんではないかと思います。
当方も過去のコピーや画像等、思い当たるものは探してみます。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/12(Fri) 10:48 No.4335

お気遣い有難うございます。
軍艦島坑内図については、現在ある筋を使って、有無の確認をしています。
赤瀬川原平「石炭」は読みました。
古い資料の復刻版ですが、参考になりました。
伊藤時雨「うたがき炭鑛記」を読みました。
炭鉱の仕事は、なかなか本を読んだだけでは、分かり難い点がありますね。
また炭坑節を作ったのは、添田唖蝉坊という説は興味深いですね。
私は昔、添田に関心を持って、研究した事があります。
添田の子孫の方に自著を差し上げました。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/06/13(Sat) 02:57 No.4336

▼羽澄不一さんへ

掲示板を通して沢山の著作物を教えて頂き、ありがとうございます。
おいおい読んでみようと思います。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/14(Sun) 10:34 No.4341

どういたしまして。
こちらこそ、資料を教えて頂いて、助かっています。
私は現在も軍艦島関係の資料を調べている最中なので、その間書き込みさせて頂きます(秋位には、一応の目処が立ちそうかな?)。
今日は菅原朝吉「石炭・鑛石の荷役機械」を見つけました。
しかし、1941年刊行なので、古い資料ですね。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/06/14(Sun) 12:28 No.4342

▼羽澄不一さんへ

資料や書籍と同時に、実際の話の聞き取りも重要かと思います。
とくに端島は、それほど研究し尽くされている訳ではないので、
元島民や関係者の方々の実際の話に、
まだまだ知られざる真実が隠れていることが、沢山あると思います。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/14(Sun) 19:48 No.4348

管理人さんの仰る通りです。
あのスティーブン・キングは現地に行かず、想像で作品を書く主義だそうですが、私は出来るだけ、現地取材をするほうです。
以前、琵琶湖にも何度か取材に行き、私の本は滋賀県図書館に所蔵されています。
琵琶湖は先日もミニバイクで行き、そのまま日本海が見たくなり、敦賀市まで行きましたが……。
ただし、長崎県は遠いですね。ウーム!
私は近々、長崎県の方言の本を読むつもりですが、端島方言があるのですか?
調べてみたいですね。
七尾和晃「炭鉱太郎がきた道」を読みました。
ここには徳川家康がフランシスコ会を通じ、フィリピン総督に鉱山技師派遣を要請したと書かれています。
当時キリスト教が普及した一面には、こうした事情があったと仄めかしています。
興味深いですね。
しかし、それなら、どうして徳川幕府はキリシタン禁止令を出したのか?
日本が外国から侵略されるのを恐れたという事もあるでしょうが、複雑な理由がありそうです。
今日は仕事が一段落したので、岡崎市の乙川にミニバイクで来ています。
暗くなって来たので、これから蛍狩りに行ってきます。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/06/14(Sun) 22:53 No.4351

▼羽澄不一さんへ

キリスト教の普及には知られたこと、知られざること、
沢山の驚きの真実があるんでしょうね。

端島の方言に関しては、
近いうちに聞いておきます。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/17(Wed) 10:48 No.4355

岡崎市の蛍狩りは、時期が四、五日遅かったようです。
八匹位がまばらに飛んでいるだけでした。
昔行った時は、数百匹が乱舞していて、とても綺麗だったのですが……。
しかし、何匹か見れただけでも、行った甲斐があります。
「草の墓標」を読みました。
軍艦島で働いていた中国人労働者の人数や、死亡者の数が紹介されています。
現在金子雨石「筑豊炭鉱言葉」を読んでいます。
次に「聞き書長崎の食事」を読むつもりです。

Re: お邪魔します。 端島支所下っぱ用務員 - 2009/06/20(Sat) 01:03 No.4356

▼羽澄不一さんへ

蛍は残念でしたね。

長崎は、
西洋料理の発祥の場所でもあり、
また長崎チャンポンの発祥の場所でもあり、
食事に関しても面白い土地ではないかと思います。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/20(Sat) 11:08 No.4359

今度は千葉県ですか……。
ご成功をお祈りします。
私はずいぶん昔ですが、長崎には二度行った事があります。
今は随分変わっているでしょうね。
先日、民主党が私を名古屋市地下鉄振興の社長にしようと提案してきましたが、私は断りました。
私には以前、日銀総裁になる話があり、それを壊したのは民主党の鳩山です。
日銀総裁と名古屋市地下鉄振興社長とでは、差があり過ぎます。
民主党は私を馬鹿にしているのか! と怒っているところです。
しかし、これは軍艦島には関係ない話なので、このくらいにしておきます。
先日読売新聞の内山が日本新聞協会会長となり、「国民のために戦う協会を」と言っていたので、私は「読売新聞は天皇礼賛の言論弾圧マスコミではないか?」と叱りつけました。
そうしたら、私の機嫌を取るために、同紙は軍艦島の記事を掲載したようです(笑)。
世界遺産にするNPOも紹介されましたね。
さて、「聞き書 長崎の食事」、松本信也「もぐら日記」を読みました。
次に「長崎県の言葉」を読みます。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/21(Sun) 10:33 No.4360

「長崎県のことば」を読んでいます。
私が昨日、読売新聞を批判したので、同新聞の水上健也が死んで私に謝罪したようですね。
私は国内外の社会情勢を動かす大きな影響力を持っていますが、西松問題のように団体や個人からの献金をもらっていません。
だから、清貧生活を送っています。
悪い事をして贅沢するより、自分の良心に従って、良寛のような貧乏生活を送るほうが、よっぽど楽しいと思います。
ですから、長崎までの取材旅行の費用は工面出来ませんが、愛知、岐阜、三重、滋賀県あたりで、現在営業している炭鉱、あるいは炭鉱跡でもあれば、一度見てみたいと探しています。岐阜県なら御嵩地区、愛知県なら日進町辺りにあるようですが、きちんと整備されて人が入れ、資料なども整備されているかどうかは不明です。
まあ、期待薄でしょうが……。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/21(Sun) 11:14 No.4361

これから、夏目漱石「坑夫」、「石炭の語る日本の近代」などを読みます。
読売からは、読売文学賞をくれると言って来ましたが、断った事があります。
私は右翼や悪人とは付き合わない事にしています。
しかし、国内にもいるはずの良心的な人たちが、傍観しているばかりで、私の活動に合流したり、支援したりしない事が、大きな問題点です。
とてもひどい人種差別です!
東海三県近くで炭鉱(または跡地)がないか、日本炭鉱エネルギーセンターに問い合わせてみます。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/06/22(Mon) 03:41 No.4365

▼羽澄不一さんへ

いつもいつも興味深い書籍のご紹介をありがとうございます。

また先日の読売新聞への端島の記事の掲載のことは、話には聞きましたが、
そういった事情があってのこととは知りませんでした。

そういえば端島特有の方言に関して、
以前それがあると言っていた端島出身の方に聞いてみましたが、
とりあえず教えて頂いたのは「鍵をつめる」でした。
調べてみると特に端島特有のものではなく、
北海道や長野県などでは使われている言い回しらしいですが、
長崎で使われていたのは確かにおかしな気がいたします。
もともと人が住んでいた土地ではないので、
独自の文化が熟成されるにはあまりにも時間は短かったんではないかと思いますが、
それでも日本全国から人が集まっていたので、
いわばそれらが混合して新しい言葉遣いが生まれた可能性は、
捨てきれませんね。

東海三県、特に愛知や岐阜などには沢山の亜炭鉱山があったようです。
亜炭は石炭の一種類ですが、その漢字の通り石炭とは区別され、
「国内の炭田」という場合も、一般的には亜炭の炭田は入りませんが、
戦中などは石炭の代用燃料として重宝されたようですね。

東海地方に分布する亜炭田

http://www.juten-tc.com/tokai-atan.html

岐阜県の可児郡御嵩町にある中山道みたけ館には、
亜炭採掘坑内の実物模型と映像があり、
「訪れる人を圧巻」するそうです。

http://dac.gijodai.ac.jp/vm/virtual_museum/sanpo/8/p1.htm
このページの下の方

滋賀県の犬上亜炭鉱の遺構をリポートするサイトなどもありました。

http://yosuzume2.web.infoseek.co.jp/kouzan/inukami-atan/inukami_atan_1.htm

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/23(Tue) 10:45 No.4368

役に立つ情報を有難うございました。
端島方言については、管理人さんが北海道や長野との関連性を指摘されていたように、炭鉱夫の方々が相互交流しているうちに、交じったのかもしれませんね。
私は「長崎県のことば」、夏目漱石「抗夫」、山本作兵衛「炭鉱に生きる」を読みました。
もうそろそろ、めぼしい参考資料を読み終える事になります。
あとは詳細な軍艦島坑内図が手に入ったら、活用します。
ご紹介頂いた中仙道みたけ館など、機会があれば行ってみます。
私は昔鉄道員をやっていて、当時は御嵩まで電車が走っていました。
私の退社後、今は廃線になったと思いますが……。
多分、七月頃から小説「クローン侯爵」を執筆します。
日本人の言論弾圧が中止され、私の本が出版社から出るといいですが、さもなくば自費出版します。
いろいろ教えて頂いたお礼に、一冊本をプレゼントしようと思います。
ご希望があれば送付先をお知らせ下さい。
私は元日本ペンクラブ会員で、日本人初の英国ペンクラブ会員。英語で詩集を出し、コリン・ウィルソンなどから賞賛されています。
旧ユーゴスラビア戦争当時、セルビア人は虐殺者として恐れられていました。
また日本の作家たちは戦争を怖がって、誰もバルカン地方に行きませんでした。
私は死ぬのを覚悟して、1992〜4年頃、国際ペンクラブクロアチア大会に出席し、クロアチア人から「セルビア人との平和を望む」とのメッセージを受け、セルビアで開催された国際文学者会議に出席、旧ユーゴスラビアの政治家たちとTVに出演、その場でセルビアとクロアチア間の電話線復旧を提案。その後実現し、フランスのミッテラン大統領から「あなたの思想は素晴らしい」と直筆のクリスマスカードをもらった事もあります。
今、村上春樹がもてはやされていますが、彼のイスラエルでのスピーチは、私の行動をパクッたものにしか過ぎません。村上を始め日本の文壇は私の先駆者的行動から十数年遅れています。日本の知識人たちは自分たちのレベルの低さを国民から隠すために、私の作品を出版社から出せなくしているのです。本当に情けない人たちですね!

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/23(Tue) 10:52 No.4369

中仙道みたけ館のホームページを見ましたら、御嶽駅はまだあるようですね(笑)。
一度行ってみましょう。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/06/23(Tue) 22:54 No.4370

▼羽澄不一さんへ

そうですか、以前は鉄道関係へお勤めだったのですね。
石炭は一般的に鉄道で運び出していたので、
そういった炭鉱でしたらご経験も生かせたかと思いますが、
なにぶん島の積み出しは船でしたので、
鉄道がなくて残念です。

文壇のことは全く存じませんが、
例えば端島には、国内初の鉄筋RCのアパートを初め、
建築的に当時まったく前例のない建物が続々と造られて来ました。
そしてその多くは、
その後の都市社会で実際に普及していった建築方法だったものも沢山ありますが、
それらを語る時に端島のことはあまり語られる事はありません。
本来の先駆が抹消され、
代表的な形が整ったときに始めて記されるというのは、
歴史において常に起りうる事なのではないかと思いましたが、
羽澄さんのお話を伺い、そのことを思い出しました。

執筆される本を頂けるということで、ありがとうございます。
拝読させて頂きます。
それでは失礼ですが、
サイトトップページにございますメールアドレスより、
空メールでもかまいませんのでお送り頂ければ、
住所を返信させて頂きます。

よろしくお願いいたします。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/24(Wed) 07:56 No.4371

「石炭の語る日本の近代」を読みました。

石炭エネルギーセンターから、返事が来ました。
管理人さんはご存知だと思いますが、掲示板をご覧の方の参考になるかと思い、概略をここに書き記します。
現在稼働中の坑内鉱の炭鉱は、北海道に一つだけ。
炭鉱跡は危険性が高いため、入坑できない。
石炭資料館は田川市石炭資料館、大牟田市石炭産業科学館、夕張石炭博物館、いわき市石炭化石棺など。
いずれも遠くて行けませんね。
中仙道みたけ館などへ出かけるつもりです。

私の自宅にパソコンはありますが、これは執筆専用です。
コンピューターウイルスを警戒して、自宅でネットをせず、ネット喫茶を利用しています。
私の連絡先は世界名著刊行会(〒497−0004 愛知県七宝町桂下り戸1086−71)です。
小説「クローン侯爵」(仮題)は、年内に刊行するつもりです。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/06/24(Wed) 13:47 No.4373

▼羽澄不一さんへ

北海道の稼働中の炭鉱は釧路の太平洋炭鉱です。
時々坑内見学をやっているんではないかと思います。
また採掘はしていませんが、実際の状態で操業している炭鉱として、
長崎の池島炭鉱があり、こちらも時々見学が出来ます。

石炭は黒ダイヤとも呼ばれましたが、
亜炭は黒くないので、黒ダイヤとは呼べませんね。
願わくば北海道か九州の黒ダイヤの炭鉱へ行かれることをおすすめいたします。

ご連絡先をありがとうございます。
それでは当方からお手紙を送らせていただいます。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/25(Thu) 10:31 No.4375

北海道の太平洋炭鉱に行く位なら、長崎の池島炭鉱と軍艦島へ行きますよ。
でも、経費捻出は無理ですね(ミニバイクや青春18切符を使って行く手もありますが、ちょっときつい)。
観光鉱山マインランド尾去沢のような施設が、東海地方にもあればいいんですがね。
中仙道みたけ館には行ってきます。
春日井市役所で亜炭鉱跡について聞きましたが、どうも資料を持っていないようだし、お役所得意の盥回しになりそうなので、止めました。
「軍艦島と連合艦隊『実話』」、「聞き書き 鉱夫の仕事」、「旧炭鉱住宅の実態と、産炭地域の生活環境整備に関する調査研究」、「月の道」は読みました。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/25(Thu) 10:47 No.4376

現在、このサイトを全部読んで、勉強しています。
yasutakaさんという方が、端島出身のシンガーソングライター岡崎律子さんの伝記を書かれるという書き込みを発見しました。
無事書き上げられたのでしょうか?
私も「クローン侯爵」の中で、軍艦島でフォークコンサートを行うというアイデアを持っていますが(実際に使うかどうかは未定)、これには岡崎さんは出てきません。
yasutakaさんの書き込みを読む前からのアイデアなので、パクリではありませんよ。
また、私が自分のアイデアを使っても、yasutakaさんの伝記小説とは、ストーリーが似ないと思いますので、予めお断りしておきます。
yasutakaさんの伝記小説も、日の目が出るといいですね。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/06/26(Fri) 07:27 No.4378

釧路の炭鉱見学が盛況だといいですね。
私は仮に行けるとすれば、やはり軍艦島へ行きたいです。
しかし、今回は無理そうです。
時刻表で見てみましたが、普通電車で乗り継ぐと、名古屋から長崎までは、その日の内には着かないようですね。
ちょっと、しんどい。
ご紹介頂いた中山道みたけ館にします。

Re: お邪魔します。 人文科学名誉博士 羽澄不一博士 - 2009/06/27(Sat) 10:35 No.4380

「証言する風景」を読みました。
これは強制連行され、東海地方で強制労働させられた中国人&朝鮮人の記録です。
現在右肘を負傷していますので治り次第、中仙道みたけ館を見学し、それから執筆開始しようと考えています。

Re: お邪魔します。 羽澄不一博士 - 2009/06/28(Sun) 10:54 No.4392

軍艦島オデッセイBBSを最初から最後まで見ましたが、端島支所下っ端用務員さんの写真が参考になりますね。
坑内写真はお撮りになっていらっしゃらないんですか?

Re: お邪魔します。 羽澄不一博士 - 2009/06/29(Mon) 08:44 No.4393

最近、管理人(西田という人?)から返事がないなあ。
ひょっとしたら、私を呼び捨てにしたから、怖がっている?
私はこの掲示板で6つくらい役に立つ情報を得た。
しかし、それは私が「クローン侯爵」のために読んだ資料の10分の1にもならないんですよ。
あなたは私が沢山の読書をしたといって、驚いていたようだけど、私がここに書き込んだ資料は、この掲示板の性格を配慮して、軍艦島や炭鉱に関する事が殆どです。
もっともっと調べているんですよ。
この掲示板の情報はほんの一部にしか過ぎない。
今回「クローン侯爵」の資料調べをしていて、麻生財閥と朝鮮人強制連行&労働の事実を知り、それを別の掲示板で告発したら、麻生の支持率が下落しました。
私は悪い事をしないから、清貧生活をしている。
しかし、先日書いた読売新聞の件でも分かるが、日本はこの貧乏人の私を中心として回っている。
私は普段紳士で、親切な人や礼儀正しい人には良き隣人として対応するが、私に嫌がらせする人、無礼な人には厳しいですよ。
はっきりいって、これまで私に死んで謝罪した人は、世界を見れば数十万人以上。
日本国内でも昭和天皇、橋本、宮元、小渕首相などが死んでいる。
私が昨年一年で成し遂げた事は、イラク戦争で対米勝利、ネパール王制廃止、ロシアとグルジアの軍事衝突回避、コソボ独立。
国内でも福田が私を怖がって職場放棄し、日本の株価を約半減させ、麻生の支持率を一ケタ台にまで下落させた。
私を怒らすと、日本では生きていけませんよ?
オープロジェクトは大きな組織ではないだろうし、身元確認も容易そうだしね。
私と喧嘩すると、逃げられないよ?
潔く謝る?
それとも、今後も私を馬鹿にしたり、私の書き込みを消して、書き込み出来なくしたりする?
そんな事をしても、私は実社会で力が強いんだから、いずれ現実世界で私の手が、オープロジェクトにも及びますよ!
バーチャル社会で私の悪口を書いても、私にはダメージはないし!
またネット上で論争しても、私は全戦全勝で負けた事がないですしね!
ネット掲示板を沢山閉鎖させてきたつわものです(笑)。
私はこれまで十分な情報をこの掲示板から得た。
しかし、最後になって、私に嫌がらせをして、感謝されるどころか、死刑になるって、馬鹿げているんじゃないかね?
さあ、今度私が軍艦島オデッセイBBSにきたら、私の書き込みが無断で消されているかな(笑)?
楽しみだ。

Re: お邪魔します。 羽澄不一博士 - 2009/06/29(Mon) 09:02 No.4394

まあ、クレームはこれくらいにしましょう。
私は現在、「外国人労働者の雇用・研修生受け入れ手続」を読んでいる。
戦時中、軍艦島では強制連行した中国人や朝鮮人の強制労働が行われたが、先日、紹介した「証言する風景」も、実は東海地方で地下工場などで働かされた強制労働者の資料だ。
私は強制連行&強制労働が、現在でも問題になっている外国人研修生制度に共通するところがあると思っている。
この点については、「クローン侯爵」で述べますので、興味のある方は読んで下さい。
綾井健氏は「記憶の軍艦島」の中で、世界遺産にする会の坂本氏(この掲示板でもよく見かけますね)に対して、「元島民、坂本氏はかつて監獄島とすら言われた産業遺構をどのような世界遺産にしたいというのだろうか」と問いかけています。
坂本氏には、坂本氏のご意見があり、それはNPO活動を通して、主張されているでしょう。
多分、NPOのホームページを開けば、出ていると思います。
私は軍艦島を世界遺産にする事に、半分賛成です。
しかし、坂本氏の主張とも違うでしょう。
私の意見は、
@、軍艦島を始め、全国各地で中国人と朝鮮人に対する強制連行と強制労働は行われた。
しかし、日本政府はその事実を積極的に国民に周知していない。
A、こうした強制労働の現場の中でも、軍艦島はその形状から言っても、世界遺産になりやすい。
B、日本のアウシュビッツ収容所というような感じで、軍艦島に中国人&朝鮮人強制連行&強制労働博物館を作る。
そして世界遺産にし、きちんと日本の負の遺産を公表する事によって、アジア外交の正常化を図る。
私はこうした方向で活動するつもりです。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/06/30(Tue) 18:31 No.4397

▼羽澄不一さんへ

お返事おそくなりました。
英文のスパム書き込みも処理できていない(さっき処理しましたが)
掲示板をご覧になっていたらおわかりかと思いますが、
ここしばらく掲示板自体を見られませんでした。
仕事で忙しくネットが見られないときや、
ネット環境にいない時等は、
掲示板やメールは一切見ない様にしています。
ブラウザ対応のケータイもありませんし、
そこまでインターネットに縛られたくもありませんので。

軍艦島をアウシュビッツ同様、強制労働のモニュメントとして残すのも、
一つのありかたかと思います。
ただ、アウシュビッツと違って、強制労働だけで成り立っていた島ではないので、
その点だけで存続させるのも、片手落ちの気がいたしますが、
いかがでしょうか。

それ以外のお話は、文壇のお話同様明るくなく、
難しいお話ばかりなので、お返事もできなくてすみません。

それから「謝罪」という言葉がありますが、
羽澄さんへなにか失礼なことをいたしましたでしょうか。
失礼がありましたら、お詫びいたします。
また「喧嘩」という言葉もありましたが、
毛頭喧嘩をするつもりもないですし、
この掲示板が少しでも端島の情報を知りたい人にとって、
なにか役に立つものになればいいな、と思っているだけです。

最後に管理人は西田ではなくKurosawaです。
オープロジェクトは3人いますが、
この掲示板の運営は私が行っております。
これからもお返事できないときも多々あると思いますが、
またお読みになった炭鉱の本のお話など、
聞かせて頂ければと思います。

Re: お邪魔します。 羽澄不一博士 - 2009/07/01(Wed) 10:45 No.4400

失礼な事は呼び捨てであり、その後英語のスパムが入っていたので、私が「人文科学博士」と書いた事に対し、能力を試す挑戦かなと思ったわけだ(私は英語で詩集を出しているしな)。
英文は読んだが、私には関係がないので無視した。
また、私はこの掲示板の管理人ではないので、もし英文の翻訳をするのであれば、それは私の役目ではなく、管理人の仕事だろうから。
軍艦島については、前にも書いたように、確かに強制労働は軍艦島だけではなく全国各地で行われていた。
ただ、世界遺産にするには、軍艦島がその形状から、一番なり易い位置にある。
だから、全国で行われていた虐待を博物館の形で、軍艦島に作る、という事だ。
例えば広島や長崎に観光客は大勢来るが、全員が原爆記念館に行く訳でもない。
同じ事でしょう。

さて、これを読んでいる一般の人たちのために、話を変えよう。
書籍「軍艦島 失われた時を求めて」、むらかみゆきこ「軍艦島グラフィティ」、それから東京電機大学の「軍艦島実測調査資料集」には二巻目があるようなので、この三冊について、古本をお持ちで、一冊につき各五百円程度で譲って下さる方を募集します。
代金は切手、ミニレター、葉書などでお支払いします(現金書留などを使うと、高いですからね)。
期限は七月末までということで、お待ちいたします。

Re: お邪魔します。 羽澄不一博士 - 2009/07/01(Wed) 11:06 No.4401

ああ、連絡先を書くのを忘れましたね。
〒497−0004 愛知県七宝町桂下り戸1086−71
世界名著刊行会です。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/07/01(Wed) 12:50 No.4402

▼羽澄不一さんへ

申し訳ありませんが、どの書き込みで呼び捨てにしてしまったでしょうか?
書き込みの番号を教えて頂ければと思います。

『軍艦島 失われた時を求めて…』の第二版も、一版同様絶版と聞いています。
『軍艦島グラフィティ』に関しては当方では全くわかりません。
また『軍艦島実測調査資料集』は続刊的なものではなく第二版で、
デジタル復刻なので、画質が初版より劣化しています。
また2005年に追補版も発売されましたが、
こちらも基本的な内容は初版と同じです。
第二版、追補版ともに巻末に「その後の軍艦島」として、
若干の追記があります。

Re: お邪魔します。 羽澄不一博士 - 2009/07/02(Thu) 10:32 No.4403

呼び捨ては「釧路炭鉱見学ツアー」です。

また、前述の三冊については、この掲示板を見ている方々への問いかけという事にして下さい。
資料があれば役に立ちますが、無ければ無いで何とかします。
本を譲ってくださる方は重複するといけないので、まず葉書でお知らせ下さい。
本を送る場合は「冊子小包」(今でもこの名称かどうかは知りませんが)で送って下されば、送料は当方で負担します。

Re: お邪魔します。 管理人 - 2009/07/02(Thu) 12:55 No.4404

▼羽澄不一さんへ

大変申し訳けありませんでした。
確かに呼び捨てになってました。
お詫びいたします。
訂正させて頂きました。

もちろん呼び捨てにする気持ちなど全くないのは、
これまでの掲示板でのやりとりでもお分かりかと思いますが、
お名前が変換に手間取るので、
コピー&ペーストで書き込んでいた弊害です。
全然気がつきませんでした。
すみませんでした。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/07/03(Fri) 10:27 No.4405

人間は間違いを犯しやすい生き物ですので、謝罪と反省があれば、私は一度は許します。
これから同じ事がなければ、水に流しましょう。

軍艦島については仮に戦時強制労働記念館が作られようと、ある人は廃墟に惹かれ、ある人は磯釣りに惹かれと、人それぞれに軍艦島の楽しみ方があると思います。
私は私なりに思いを込めて、小説「クローン侯爵」を執筆します。
私が書く以上、これまで軍艦島を舞台にした小説で、最も優れたものにしたいと思います。
現在右ひじを怪我していて、完治次第、中仙道みたけ館に行き、それから執筆を開始します。

さて、この掲示板をご覧の方で、現在軍艦島で携帯電話が通じるかどうかご存知の方はいらっしゃいますか?
あと、操業当時の軍艦島炭鉱の採掘法とか(年代によって、違っているとは思いますが)……。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/07/04(Sat) 10:27 No.4407

軍艦島での採炭方法は、どうも「高島炭礦史」に載っているみたいですね。
現在は戦時中の軍艦島における中国人と朝鮮人の住居について調べています。
吉田飯場というのがあって、朝鮮人の親方の下、150人位いたようです。
どこかのビルの1階(半分地下)にあったようですね。
それとは別に強制連行された朝鮮人は、島の北端に寮があったようです。
中国人については島の南側の建物に住んでいた、とまでは分かっています。
これから場所を特定したいですね。
ご存知の方はお知らせ下さい。
それから三菱鉱業「三菱炭坑技術」を五百円くらいで譲って下さる方、募集します。
前の三冊と同じで、送料はこちらで負担します。

Re: お邪魔します。 羽澄不一 - 2009/07/06(Mon) 06:06 No.4408

土居健郎さんがお亡くなりになったようですね。
私が著書を進呈した時、好意的な返事を頂いた事を記憶しています。
ご冥福をお祈りする。
右肘の怪我は徐々に快方に向かっているが、治りが遅いので、中仙道みたけ館に行く前に小説「クローン侯爵」を書き出すかもしれない。



トークイベント『本で読み解く軍艦島』開催 投稿者:管理人  投稿日:2009/06/09(Tue) 00:22 No.4328

来る7月4日に、
新宿の三越に出店するジュンク堂書店新宿店にて、
軍艦島のトークイベントを開催します。

新宿のジュンク堂さんで開催ということなので、
本屋さんにちなんで『本で読み解く軍艦島』と題して、
軍艦島にまつわる書籍をとりあげ、
本から見えてくる軍艦島をお話出来ればと思います。
スペシャルゲストとして、
軍艦島コンシェルジェのマスターでもあり、
民間軍艦島研究の第一人者でもある小島隆行氏も参加決定!

6/20に開催予定の三省堂カルチャーステーション千葉同様、
今年の4月に一般公開された軍艦島の上陸ツアー体験報告も、
同時に行いますので、
興味のある方はご参加ください。

◆トークイベント『本で読み解く軍艦島』◆
日時:2009年7月4日(土)
場所:ジュンク堂書店新宿店 8階喫茶
開場:18:00 開始:18:30
料金:¥1,000(1ドリンク付)
出演:オープロジェクト スペシャルゲスト:小島隆行
定員:50名
予約:ジュンク堂新宿店7階カウンター or 電話予約
03-5363-1300

▼詳しくはこちら
http://www.junkudo.co.jp/newevent/evtalk-shinjyuku.html

Re: トークイベント『本で読み解く軍艦島』開催 o-project Nishida - 2009/07/01(Wed) 00:21 No.4398

オープロジェクトNishidaです。
お蔭様で、たくさんの申し込みを頂いております。
予約せずに当日行こうと考えておられる方は、
ぜひご予約下さい。
オープロジェクトメール
o-project@mail.goo.ne.jpでも構いません。
お名前(フルネーム)、メールアドレスをお知らせ下さい。

Re: トークイベント『本で読み解く軍艦島』開催 o-project Nishida - 2009/07/01(Wed) 00:30 No.4399

当日の内容を簡単にご紹介します。

【本で読み解く軍艦島】
 昨年秋、世界遺産暫定リスト入りをした長崎県の炭鉱都市遺構「軍艦島」。かつて世界最高の人口密度を誇り、土木を中心に当時最先端の技術が惜しみなく注がれた超・近未来都市だったが、1974年の閉山により島民が一斉に離島、一瞬にして無人島となった、いわば20世紀のタイムカプセルともいえる島。
 少ないながらバラエティに富んで出版されている軍艦島関連書籍から興味深い数冊をピックアップ。様々な立場から発信されたそれらの本の紹介と寸評、写真や年表の見方、そして著者自信を通して、書籍から見えてくる軍艦島にせまる。

『軍艦島実測調査資料集』、『海上産業都市を歩く』、『1972 青春 軍艦島』、『崩れゆく記憶』、『軍艦島 棄てられた島の風景』、『NO MAN'S LAND軍艦島』、『住み方の記』『軍艦島の遺産』、『端島(軍艦島)』ほか

終了予定は20:30ぐらいを予定しています。
また居酒屋での二次会も予定しています。
ワンダージャパン等でおなじみのメンバーも集まりますので
ご興味ある方は事前に参加の旨を連絡下さい。
予算3000円〜5000円で考えております。
よろしくお願いします。

Re: トークイベント『本で読み解く軍艦島』開催 o-project Nishida - 2009/07/03(Fri) 23:47 No.4406

ジュンク堂のイベントもいよいよ明日に迫りました。
ただいま準備に追われているところです。
直前になりましたので、メールでの予約を打ち切らさせてもらいます。
以降の予約、空席確認はジュンク堂新宿店様へ直接お電話のほどお願いいたします。

また、二次会会場も多少余裕の取れるところをチョイスしております。
受付にて確認させていただきますので、お気軽にご参加下さい。



釧路炭鉱見学ツアー 投稿者:管理人  投稿日:2009/06/26(Fri) 01:05 No.4377

羽澄不一さんとの掲示板のやり取りで話題にあがった、
北海道の釧路の見学ツアーですが、
ちょうど現在開催間近とのご連絡を頂いたので、
お知らせいたします。

【入坑日】2009年7月6(月)(入坑時間帯は午前9時〜11時)
【参加料】3,000円(代金支払方法は参加者に別途連絡します)
【内容】入坑は斜坑人車で地下300mまで下がり、
    その後、地下坑道を約15分歩きます。

6/10より受け付けていたようですので、
もういっぱいかもしれませんが、
ご興味のある方はどうぞ。

▼くわしくはこちら
http://www.tankouisan.com/kusiro_tour09/

Re: 釧路炭鉱見学ツアー 人文科学名誉博士 羽澄不一博士 - 2009/06/27(Sat) 10:38 No.4381

釧路の炭鉱見学が盛況だといいですね。
お邪魔します。ではなかなか書き込みが出来ず、「投稿する」を何度か押していたら、重複しましたので、一つ削除して下さい。



軍艦島CDについて 投稿者:FORZA  投稿日:2009/06/24(Wed) 12:10 No.4372

管理人様、ご無沙汰しております。
過日2009/04/28に、軍艦島のCDの記事がありましたが、
曲調はタイトルから察すると所謂『演歌』なのでしょうか?
単に演歌といってもポップス調のものからド演歌までありますから、
どんな曲調か教えて頂ければ幸いです。
さすがにド演歌は聴かない人間ですので…(汗)
また、連絡先がFaxのみでしたので、
連絡を取る事が出来ません。
当方、Faxが無いもので…
宜しくお願い致します。

Re: 軍艦島CDについて 管理人 - 2009/06/24(Wed) 13:57 No.4374

▼FORZAさんへ

個人的な印象ですが、
曲調はシティ演歌とド演歌の中間ぐらいの印象ですね。

この曲の場合、曲よりも詩の価値が大きいかと思います。
日向さんはプロの作詞家ではないので、歌詞としては拙い仕上がりですが、
それを凌駕する想いの強さが言葉の端々に表現されていると思います。
歌にするには大変だったと思われる詩ですが、
それを押して坂本数馬さんが作曲されたのも、
その詩の強さに感じろところがったからだと思います。

FAXはコンビニからも送信できますが、
もしご希望であればオープロジェクト宛にメールを頂ければと思います。
こちらからお送りすることも可能ですので。



トークイベント『軍艦島入門』 開催 投稿者:管理人  投稿日:2009/06/05(Fri) 14:57 No.4318

来る6月20日に、
千葉県の千葉にある三省堂カルチャーステーションにて、
軍艦島のトークイベントを開催します。

4月下旬に一般公開された軍艦島。
そのツアーの様子をはじめ、
軍艦島を入門的な視点から紹介していきます。

千葉市近隣にお住まいの方でご興味のある方は、
ぜひご参加ください。

◆トークイベント『軍艦島入門』◆
日時:2009年6月20日(土)
場所:三省堂カルチャーステーション千葉店
http://www.books-sanseido.co.jp/shop/beeone.html
時間:14:00 開始
出演:オープロジェクト
定員:30名 入場無料

Re: トークイベント『軍艦島入門』 開催 端島支所下っぱ用務員 - 2009/06/20(Sat) 01:07 No.4358

明日ですが、お時間のある方はどうぞ。

遅ればせながら、書店さんのチラシをゲットしたんで、
アップしておきます。



65号空中廊下 投稿者:端島支所下っぱ用務員  投稿日:2009/06/14(Sun) 16:12 No.4346

お世話になっております。
65号7階⇔56号1階回廊通路、及び山道への階段の写真です。
H8年に撮った写真です。
この空中廊下(正式名称はRC跨線橋との事)はS27年に造られて同年に65号中央棟屋上(9階屋上)に幼稚園が出来たため園児通園を容易にするために高島鉱業所施設課が造ったとの事です。
水平廊下はまだしっかりしてるようですが山道へ下る階段がひどく劣化しているのが印象に残っています。
2枚貼らせて頂きます。     おそまつでした・・。
1枚目。

Re: 65号空中廊下 端島支所下っぱ用務員 - 2009/06/15(Mon) 01:24 No.4352

2枚目です。

Re: 65号空中廊下 端島支所下っぱ用務員 - 2009/06/15(Mon) 01:32 No.4353

▼端島支所下っぱ用務員さんへ

いつも島内の様子のお写真をありがとうございます。

水平の渡廊下に比べて階段だけなんでこんなに崩壊が進んでいるのかは、
いつも気になっていましたが、
65号棟から山道への渡廊下が屋上保育園のためのものだとは知りませんでした。

RC跨線橋と言うそうですが、当時下に線路があったのでしょうか?

またその位置から考えて、この橋が保育園へ行くのに便利な園児は、
56号棟や2号棟、3号棟など、岩礁の上部の建物に住んでいた子供だけではないかと思いました。
つまり職員優遇の措置だったんではないかと。。。
最も、日給社宅の上層階の子供にとっても、
楽に行ける道にはなっていたと思いますが。

Re: 65号空中廊下 端島支所下っぱ用務員 - 2009/06/15(Mon) 20:47 No.4354

お世話になっております。
RC跨線橋と何かぎょうぎょうしい名称ですが要は鉄筋コンクリートブリッジの事ですね。
ひとつ訂正があります。
幼稚園はS28年5月完成です。
まちがえて表記してしまいました。申し訳ありません。
RC跨線橋のほうはS27年建設で間違いないようです。

画像はS42年発行の高島町要覧に載っていた端島の花火の写真です。
             おそまつでした・・・。

Re: 65号空中廊下 端島支所下っぱ用務員 - 2009/06/20(Sat) 01:05 No.4357

▼端島支所下っぱ用務員さんへ

幼稚園の設立年までは見ていませんでした。
思えば昭和20年代はまだ新65が建つ前なので、
旧65の学校側棟から山道へ抜ける跨線橋は、
それほど不自然ではなかったかもしれませんね。

奇麗な花火大会のお写真もありがとうございます。



初めまして 投稿者:foreign  投稿日:2009/06/14(Sun) 13:44 No.4345

初めまして、外国人です。
翻訳機を利用して文を書きます。
本当にあんな島があるという事実に驚きました。
もし人々がまだ住んでいる時撮った写真は残ったことがないですか?
あんな狭い所で数千の人々が活気に満ちるように暮したということが想像がつかなくて当時の姿を見たいです。

Re: 初めまして 管理人 - 2009/06/14(Sun) 22:47 No.4350

▼foreignさんへ

ありがとうございます。

人々がまだ住んでいる時撮った写真は、
書籍『軍艦島 海上産業都市に住む』、
あるいは
サイト『想像と記憶 端島 軍艦島』
http://www1.cncm.ne.jp/%7Em8512215/hasima/
をご覧下さい。

あなたは狭い所で数千の人々が活気に満ちるように暮したということがわかります。



軍艦島について 投稿者:西山  投稿日:2009/06/14(Sun) 12:45 No.4343

大学の卒業設計の敷地検討において軍艦島が候補に挙がっております。その背景は時代の流れにそった設計がしたいという事と、軍艦島という歴史的建造物を観光名所にしつつ、保全していきたいと考えています。
是非、今の現況で軍艦島の問題点や将来構想(ヴィジョン)を教えていただけたらと思います。

Re: 軍艦島について 管理人 - 2009/06/14(Sun) 22:34 No.4349

▼西山さんへ

時代の流れにそって端島を見て行くと、
よりいっそう端島の存在意義がわかって、
とてもいいのではないかと思います。

「現状での問題点」というのは、とても難しいですね。
問題点がないといえばないと思いますし、
この島に関わってる多くの人にとっては、
その人たちに各々別々の問題点があるんではないかとも思います。

また将来構想も、関わる方々の立場で、
全然違う形のものが沢山存在すると思います。

ひとつ思うことは、偶然にせよなににせよ、
解体好きな日本にあって、
これだけ残っていることはとても貴重なことだと思うので、
それを最大限に生かせればいいな、と思います。



お聞きしたいことがあります。 投稿者:  投稿日:2009/06/14(Sun) 07:26 No.4340


初めまして、Aと申します。
私は軍艦島が一般公開されるというニュース見て、
初めて軍艦島、もとより端島を知りました。
それですごく軍艦島が気になって私なりに
いろいろ歴史や中の建物のついて調べていたの
ですが、疑問に思ったことがあるので、もし
よろしかったら教えてください。

どの県でもその土地なりの文化ってあると思うんですが
軍艦島にもあったのでしょうか?
最後にもう一つ、軍艦島には小中学校はあっても
高校がありません。
やはり中学を卒業したら島で働いていたのでしょうか?

よろしかったら教えてください。

Re: お聞きしたいことがあります。 管理人 - 2009/06/14(Sun) 12:51 No.4344

▼Aさんへ

軍艦島オデッセイをご覧になって頂き、ありがとうございます。

まず端島なりの文化ですが、やはり炭鉱なので
山神祭、そして会社の主催する運動会など、
他の炭鉱街と同様の文化が目立ちます。
またペーロン大会や精霊流しも行われるなど、
長崎の文化もそのまま受け継がれていたようです。

鉱員は島原出身の方が多かったとも聞きますし、
もともと人が住んでいなかった場所で、
しかも一企業の私有地だったことも考えあわせると、
独自の文化を形成するのは、
逆に難しかったんではないかと思います。
ただ、
端島独自の方言があったということは聞いたことがあります。

次に島の学校の卒業後ですが、
その昔は長崎市内へ出て、寮制の学校へ、
また閉山間際の頃は高島の高校などへ通ったと、
聞いています。

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