現在の島内には沢山の植物が至る所に繁殖し<緑なき島>のイメージはもはやありませんが、これらの植物に関してどういったことが解
るのか植物書籍編集者の片桐啓子さんに伺ってみました。するとそれまで気が付かなかった面白い事実がいくつか明らかになってきました。
全般に関して言えることは、大半の植物が常緑照葉樹(葉に光沢がある植物)でくちくら層(葉が環境から身を守るための層)が厚い海 浜植物が多そうです。また場所によっては熱帯性落葉樹や蔦・蔓の類が繁殖しているということでしたが、これらは総て潮風が直接当たら ない内陸部の建物に囲まれた地域のものでした。更に木材片等のなんらかの肥料になる素材が近辺にあったことが考えられるということで したが、たしかにこれらの樹木がある場所を検証してみると、木製の欄干(『コンクリートの森』で詳細解説)が大量に設置された古い時 代の建物の近辺に集中していることがわかります。つまり朽ち果てて階下へ落ちた木部が肥料代わりになって、植物が思いのほか繁殖した ということです。もし本当にRCだけの建物が並んでいたら、30年という歳月でもここまで植物は繁殖できなかったのではないか、とい うことでした。
■ 熱帯性落葉樹 ■
右上画像は日給社宅と呼ばれた大正時代のアパートですが、操業時の写真を見る限りどの時代にも中庭に全く木及び草の類が見あたりま
せんが、現在ではシダ類を中心とした草類やそれ程背が高くない落葉樹が育っています。
この落葉樹は熱帯性のもので、4〜5m位に成長する小高木というサイズに分類される極めて繁殖力の強いイヌビワ科の植物です。一番
成長している画像のものは、ほぼ4〜5mの高さがありますが、しかし一見健やかに成長しているかに見えるこの木の秋の画像(右)を見
ると、枝先のどこにも実が付いていません。(この画像サイズだとわかりにくいですが)本来秋には沢山の実を付けるはずのこの植物が付
けていないと言うことは、この環境が樹木にとって極めて過酷な環境なため、実をつけて子孫を繁栄させるまでの余裕がないことを物語っ
ています。
■ 夏蔦 ■
日給社宅の岩盤側、地獄段(『岩礁の迷宮』で詳細解説)の周囲 には大量の夏蔦が繁殖しています。本来この植物は環境の厳しい場 所での繁殖は難しいものですが、この場所は島内でも最も建物に囲 われた場所にあたるため、かろうじて繁殖が可能です。確かに堤防 沿いの建物が林立する地域では、これ程の量の夏蔦を見ることはあ りません。
因みに画像の撮影時期は5月ですが、葉が赤いのは紅葉ではなく、まだ葉緑素が少ない若葉の時に強烈な紫外線から葉を守るための色 で、風も少ないが日照も少ない場所に起こる傾向だと言うことです が、まさにこの環境が生み出した春の紅葉です。
■ 鉱業所側の植物 ■
鉱業所側の大半の敷地は建物や施設が殆ど無く、住宅棟側のように
日差しや潮風を遮るものが極めて少ないため、その殆どが海浜植物
に限られます。
画像は総合事務所と呼ばれた建物の2階部分に生息していたトベ
ラという植物ですが、この植物は海浜公園設営の際に、防潮の為に
植える程潮風に強い海浜植物です。ただ常緑なので本来は古い葉が
残ってこんもりと茂るはずなのが、それがなく若葉しか付いていな
いのは、古い葉が強烈な潮によって持ち去られ、若葉だけが残って
いる状態だと考えられます。過酷な環境がつくりだした形であり、
またこの島の環境がいかに過酷かを物語る恰好な事例です。
■ ブドウ ■
コの字型をした島内最大の鉱員アパート(65号棟)1階の部屋 の窓枠には、ブドウ科の蔓が沢山巻き付いていますが、これは元来 鉢植えだったブドウが閉山後窓際に根付きそのまま繁殖したと考え られます。部屋はコの字に囲まれた内側に面していて、10階建て のベランダは総て木製手摺で出来ていますが、閉山後多くは崩落し て階下に落下しているので、それが根付く土壌となって成長したと 考えられ、日給社宅同様、木製手摺が繁殖を促進させた事例です。
■ カイヅカイブキ ■
端島神社のテラス下には、他の場所では見ることの出来ない常緑 針葉樹のカイヅカイブキが成長していていますが、操業時の写真を みると、昭和44年(1969)に緑化運動の一環としてカイヅカ イブキの苗を植樹しているので、それが長年の風雪に耐えて見事に 成長したものだと思われます。